福井寿和「全店舗閉店して会社を清算することにしました」705冊目

青森でカフェなどの飲食店を経営していたけれど、コロナ禍に突入した際にいち早く現状を把握し、比較的早い段階で会社を畳むことを決意した経営者の著書です。

Twitterでこの本のタイトルにもなっている”清算”に関するNoteのことが、書かれた日にすぐ回ってきて、内心大きな拍手を送ったことを覚えてます。それ以来ずっとこの著者のTwitterをフォローしています。

なんで「内心大きな拍手」かというと、昔から常々、実態としてもう終わっていることを引きのばすことは疲弊にしかつながらないなーと思っていたから。恋愛も結婚もそうだし(笑)、転職も経営も。かなりの大企業でも、粉飾決算とか不正のもみ消しとか、後になればなるほど窮地に陥ることを、なんで早く公けにしないのか、って思うことが多かったのです。一番大きいところでは戦争ですよね…。私ごときにどうにかできることではないけど、なんで大きな爆弾を落とされる前に降伏撤退できなかったのか…。だから「思い切って退却することのススメ」を前向きに書いたら売れるんじゃないかなーとずっと思ってました。この本も、著者がやっている「会社をたたむことについてのセミナー」も、日本にとってとても有意義なものなんじゃないかと思っています。

清算からもう1年以上経つし、ずっと著者のTwitterを読んでいるので、清算してすぐに書かれたこの本はちょっと昔の話って感じはありますね。コロナ禍が長引いているので、「その先」の本はまだ書けないのだと思いますが、期待し応援しています。(ホットケーキミックスも買ったしね)

西條奈加「心淋し川」704冊目

こころさびしがわ、じゃなくて、うらさびしがわ、って読むの?(表紙を見ながら)

江戸のうらぶれた下町の片隅に、貧しくつつましく暮らす人たちの群像劇です。なんとなく、目新しさはなくて、前に他の人の書いた似た小説を呼んだような気もするけど、落ち着いた筆力でじっくり安心して読めて、確実に面白い。「いい人」ばかりじゃなかったり、お妾さんを4人も住まわせている家のことも書いたりしているところが、少し挑戦的なのかもしれない。こういう作品って本好きの人たちに愛されながらも”専門家”の目に留まりにくいんじゃないかと感じるけど、直木賞を受賞したということは、普通の人の感覚がちゃんと評価につながっているようでほっとします。

どういう評価で受賞したんだろう?と思ってググって一部だけど選評を見てみたら、やっぱりこの堅実さを強く推す人と、決めてが弱いと考える人がいた。

私はこの人の、ファンタジーノベル大賞を受賞したというデビュー作「金春屋ゴメス」が、タイトルからして気になる。ポルトガル人か?これも読んでみよう。 

 

ジョン・ガイガー「奇跡の生還へ導く人~極限状況の『サードマン現象』」703冊目

確か高野秀行氏が勧めてたので予約した本。

生死を分ける場面で、姿のない「サードマン」が現れて自分に指示をしてくれたおかげで命拾いをした、などなどの話を集めたものです。合理性の国アメリカっぽくない気がする、あるいみオカルト的、日本でなければアイスランドとかにありそうな逸話が並びます。でも面白い。私もぜひ、なにか困ったときにはサードマンさんに現れてほしい。

サードマンに指示まで受ける人は少ないようで、たいがいのサードマンたちは「ただ寄り添う」。子どもの「空想の友達」と同じものだと考える人もいる。肉体が極限まで追い詰められた時に(海を漂流して体重を何十キロも落とした人もいる)脳で生まれる幻覚だとも。

そもそも、魂って何だろう?っていうことはまるで解明されてない一方で「生まれ変わり」を信じる宗教が世界中で広く信じられている状況で、死によって体から離れた魂がどうやって天国に行ったり別の肉体に入ったりするのかもわかっていないわけなので、「それは亡くなった人の魂である」っていう意見も取り上げてよかったんじゃないかという気がします。はっきりそう主張する科学者はいなかったのかな。(はっきり「魂ではないことを立証する」ことも、どんな科学者にもできてないわけで)

それにしても、一晩で体重が半分になるような強烈な経験をしても、また山に出かけて命を落とす人がいる。スリルって麻薬なんだろうか。私にはそんな危険なところまでたどり着く体力がないから大丈夫…なんて安心したりしないで、低い山でも遭難するらしいので、山へ行くときは気をつけよう…。

 

奥田知志・茂木健一郎「『助けて』と言える国へ」702冊目

2013年発行。最近見た特集番組で奥田知志が取り上げられていて、もっと知りたいと思って借りて、よく見たら対談集だった。茂木健一郎は、以前はTwitterをフォローしてたこともあったけど、その頃彼はなにかに怒ってることが多くて、読むのに疲れて外してしまった。思っていることを発言するのは本人にとっても周りにとっても大事なことだからやめたほうがいいとは思わないけど、私は人が放出した悪意も善意もそのまま受けてしまうほうなので、わりとダメージくらってしまうのだ。(自分に向けられたものでもないのに)

奥田知志は以前、vs村木厚子という組み合わせのパネルディスカッションを聞いたことがあって、大切なこと、必要なことをすごい行動力でどんどんやってる人だと思ってたけど、見れば見るほど、読めば読むほど偉大だなと思う。キリスト教は「人間の選択は悪と悪のどちらを選ぶかだ」と説くとか、人は傷つくことを避けて一人になってしまってはダメで、関わり合うことは絶対に必要だとか、私自身この年になってやっとわかりつつあることをスパッと断言する。本当にその通りなのだ。

東日本大震災のあと、一度だけ「ボランティアツアー」に出かけたことがある。私は体力も知恵も知識もないので、邪魔にならないように、”震災にあうというのは実際どういうことなのか”を勉強させてもらおうと思って。教わろうと思って行ったんだけど、そんなこと仙台の友達には言えなかった。お前なんかに助けてもらうことは何もないよ、って思ってるんだろうなと思った。でも黙って行ってきてよかった。何が出てくるかわからない泥の地面を掘って、雑草を引き抜いていたら、誰かのノートの切れ端や写真もときどき出て来た。東京にもいつか必ず大地震が来る。そのとき私はどの程度備えられるか、どのくらい覚悟を決めていられるか。

ついこの間、家の近所で女性がバス停で住民に殴られて亡くなったっていう事件が起こってすごくショックを受けたんだけど、そこから近所の住民の私たちは何を学んだんだろう。以前行ってたボランティアも、もう1年以上開催されてないので、区の福祉担当の人たちと直接話すことも当分ない。私たちはひきこもりやホームレスの人たちと同じくらい、いまは孤立しがちになってる。

「暗闇を見た人にしか見えない光がある。」これほんと、そうなんですよ。「いじめっ子ほど絆、絆って言いたがる」って誰かのツイートを見たことがある。私もすっかり「絆」って言葉が信用できなくなってしまった。いじめっ子ほど、いじめ撲滅とか言うのだ。

最後の章は奥田氏が一人で書いた文章で、そこだけ読んでもかなり学べることがある。匿名の寄付をするのはいいことだ、でももう一歩踏み出して直接かかわれないか?

…私自身、人から嫌われるのが怖くてどんどん人間関係にしり込みしてしまっているけど、やっと新しい目標もできて、これからはお節介でいこう!と思う。

 

ケン・リュウ「宇宙の春」701冊目

彼自身の短編集、日本版4冊目。ハヤカワのちょい縦長のこの本を読んでるとちょっとワクワクする。

「宇宙の春」

今回も情緒豊かな、SFって感じのしない短編もあります。「マクスウェルの悪魔」は米軍から親の故郷である沖縄へ送られた、日系人女性のお話とか。彼女は”ユタ”の子孫であり、亡き人の魂を扱うことができる。それが利用されるんだけど、結末は…。中国系アメリカ人の彼がどうやってこんなに深い物語を書けるのか、まったくもって凄いとしかいえません。

「ブックセイヴァ」はいわゆる”不適切な表現”を自動で”修正”するツールがもしあったら、というお話。

「思いと祈り」はour thoughts and prayers are with you、という英語のお悔やみの決まり文句をモチーフに、不幸な事件を拡散してしまうことによる二次被害を描いています。

「充実した時間」は、アイロボットじゃなくて「ウィロボット社」のワーカホリックなエンジニアが発明したネズミ型お掃除ロボットと、その後継品として作られた??型ロボットの行く末について。

「灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹」は女性3人がさまざまな動物に変身して縦横無尽に戦うお話。この3人がカッコよくて!

「メッセージ」文明がかつてあったのに滅んでしまった未知の星に足を踏み入れる父子のお話。この暗号、さすがだなぁ。そして切ないストーリーもさすが。

「歴史を終わらせた男」に出てくる「ナイフの哲学」という映画は実在してるみたいですね。過去の日本の軍隊が中国で行ったことを描いた”スプラッター”作品だと書いてるサイトもありました。日本では上映もDVD化もされてないようです。

などなど。ケン・リュウ星新一に見えてきます。改めて星新一ってすごかったよなぁ。アイデアの泉だった。ケン・リュウもこの先できる限り全部読むつもりだけど、星新一も読み直してみようかしら・・・(膨大すぎるかしら)

 

能町みね子「結婚の奴」700冊目

いやー面白かった。かなり赤裸々に(文筆のプロなのでいろんな脚色もあるのでしょうが)書いてあるものを面白がるなんて失礼かなとも思いましたが、物見遊山なだけじゃなくてすごく興味深くて引き込まれて、あっという間に読み終わりました。

結婚ね…。一回したことがありましたが、生活とか結婚に求めるものが一致しないと続かないですね。ほんとに、穏やかに優しく暮らせる「家族」が本当は欲しいんですよ、みんな。でも男女間の恋愛がからむと、永遠に同じだけ愛し合うのってたぶん天文学的確率の低さだし、子どももからむと泥沼でみんな不幸、となりかねません。

自分自身、中くらいに潔癖なところと中くらいにいい加減なところがある(そういう人多いと思うけど)ので、中くらい度合いがかみ合って、かつ寛容な人としか暮らせないだろうなと思う。子どもをもう持たないと思った時点で、一人でどう生きるかだけを考えるようになります。

「勝手に早期退職」をしたときは、定年まで働く人と比べて自分はがんばりきれなかった、心が強くなかった(腰も悪いし)って負けたような気もしてたけど、やっとこの先やることも決められたと考えると、少し早めにスタートが切れてよかったと、やっと思えるようになってきたし。(その決意をぼかして書いてるので、なんのことかわからないと思いますが)

フルタイムの仕事をやめてもう1年半。ずいぶん怠けたわ…幼稚園に入って以来、これほど何のタスクもなく休んだのは初めてですよ。でも会社勤めの人は60年くらいこれ続けるわけだよね。みんなもっとバリエーションがあってもいいはず。

自分に正直に、自由に、一生懸命生きて、側にいてくれる人に感謝して助け合う。その選択肢を私ももう選んじゃったんだな。この先どんな人に出会って助け合うか、誰かと同居するかどうかと関係なく、大切にしていこうと思いました。

 

リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット「ライフシフト 100年時代の人生戦略」699冊目

クローズアップ現代で取り上げられてリンダさんがインタビューに答えていたのが印象的だったので、さっそく読んでみました。

こういう本ってどうしてこう厚いんだろう…。なんとか短くする方法はないんだろうか。アメリカ人って日本の人より一般的に単刀直入で、結論から入るし話が短い、ってイメージがあるんだけど、どうして本になると文字を多用するんだろう、特に社会科学の本は。(一般論です)

この本を読み始めて「?」と思ったのは、寿命が100歳に至る時代に、なるべく長く仕事をするといっても、できることはどんどん狭まっていく。体のあちこちが痛い、目はどんどん悪くなる、歩くのが遅くなる、認知症もいつかはやってきてだんだん進行していく。その部分についてはさらっと触れてるだけなんだけど、気になるのはそこじゃないか。

人間がやっている仕事がほとんどAIにとってかわられるとか、ギグエコノミーとかシェアリングエコノミーとか、だいぶ前に聞いたような話が出てくるし。50年後に105歳の人たちがどうするかという未来の話に関連付けるには古すぎるような。

それにこの本は、高所得の人たちは皆、長時間高度な頭脳労働に従事していると、それが当然の事実のように書いてるけど、それって「ブルシット・ジョブ」で書いてることと逆に近い。高度な頭脳労働と称して、会議のための会議の準備をしたり、口頭で説明すればすむことを社内用なのに立派な資料を作ったりすることに費やしてるっていう事実は、この本では興味を持たれてない。つまり、そういう仕事に、それなりに充実感を見出せるほうの人のために書かれた本だ。

それと、この本は2016年にアメリカで書かれている未来に関する本なのに、LGBTについて一言も触れてないのが、むしろ目立つ。最近の本には必ず、もういいよというくらい書かれてるのに。低所得者層も、層として触れるだけで、この本が対象としているのはよい教育を受けられる現在中流以上の結婚した(あるいは子供を作る長年のパートナーシップを前提とした)男女の未来に限られてる。著者の視野が狭いというより、社会全体の問題は、自分のこととして捉えて研究対象とするほどの強い関心がない、って印象かな。だから、有色人種や現在低所得層の人、LGBTを自認している人や、中流の白人であっても大企業で働いていることが「ブルシット」だと思う人は、他の本も探したほうがいいのかもしれないです。

この本が日本で、「もしドラ」よろしくマンガや解説書まで発行されてるってことは、中流の安定した日本人だという自認の人が多いってことかな。(その通りだと思うけど。)