李琴峰「独り舞」740冊目

これがデビュー作なのか。この中で描かれていることは、著者の”私小説”では決してないと思う。でも何らかの痛みにさいなまれて、小説のなかで”一度死ぬ(※結末を書いてるわけじゃないです)”ことによる生きなおしが必要だったのかな、と、しんみりする。

この人の書くもののトーンはどんどん変わってきてる。現時点での最新の単行本「彼岸花が咲く島」は現実から遠いファンタジーで、その中で小さき者たちが静かにやさしく暮らしている。波乱の予感もあるけど、読む人の心を解き放つような開かれた世界だ。昨日「アンモナイトの夜明け」という映画を見たんだけど、「彼岸花」にも夜明けのように何かが開かれて明るくなった感じがあった。「独り舞」は夜明け前なのだと思う。

恐ろしい事件や、他の人と違う特徴がないのに、海の底のような気持ちで過ごしていたことがある。何かがあるから責められなければならないわけじゃないし、何もなければ嫌われたり攻撃されたりしないわけでもない。「何もない人はいない」、人の心の痛みは外からは見えない。この先、世の中とどう折り合いをつけていけばいいのか…この本を読んで、なんとなくそういうことを改めて悩んでしまうのでした。

 

「あなたも名探偵」739冊目

こういう本大好き。秋の夜長に、こたつみかんでも、コーヒーチョコレート猫でもいいから、最高にリラックスして夜更かしして、楽しみたい時間です。

市川憂人、米澤穂信東川篤哉麻耶雄嵩法月綸太郎、白井智之+の6人が、ガッツリ”Whodunnit”(犯人は誰?)の問いを投げかけてきます。その答えは…あんまり打率良くなかったかな。100%犯人、トリック、動機までわかったものはなかった。(でも、全部わかるようになってしまうと、「やられた~」と降参する歓びもないわけなので、ミステリ作家を目指すのでもなければ、このくらいがちょうどいいと思います)

創元社の「ミステリーズ!」に連載してたようだけど、第二巻はあるのかな。こういうのどんどん出してほしいです(乱発しない程度に)。

 

歌田年「紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人」738冊目

すごく面白かった。「紙鑑定士」「伝説のプロモデラー」という、マニア心をくすぐるプロフェッショナルたちのオタクトークに”ふむふむ、ニヤリ”、「えっ」というようなエピソードの連続。だけど、文章がこなれていて読みやすい。登場人物たちが、美形であってもなくても、みんなちょっと壊れていて、インパクトも愛嬌もある。フケツな”プロモデラー”土生井でさえ、なんとなく好きになってくる。(でも若い絶世の美女が、なんの説明もなく彼と??というのは、いくらなんでも説得力が)

彼が第18回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞したのは2019年。続編を待ち望む人が日本に1万人くらいいそうなのに、次作をいくら探しても出てこないのは残念。で、妄想した。

選定者のコメントも巻末に収録されているんだけど、そこには圧倒的な面白さのほかに、”ご都合主義のストーリー運び”などの指摘もあります。確かに、トリックや動機、犯人像を見るとこれは”本格ミステリ”とはちょっと違う。この軽い楽しい語り口、彼は(おっさんだけど)いわゆる”ラノベ”のジャンルの人なんじゃないか。ラノベの著者たちのストーリーテリングの能力は高い。必ずドキドキしながら、おっさんでも婆さんでも、主役の少女になった気分で頬を染めてページをめくるのだ。”本格ミステリ”みたいに小難しい熟語とか外国ミステリの引用とかクラシック音楽とか、読者が知らないことは出てこない。(あるいは、知るわけないものとして、オタクトークが繰り広げられる、だから読者はバカにされてるような気にならない。これ大事なことだと思う)

本格ミステリは別の人に書いてもらえばいいので、どんどん面白い作品を書きまくってほしいです。首をながーく伸ばして待ってます。

 

アリスン・モントクレア「ロンドン謎解き結婚相談所」737冊目

新刊リストを眺めていたらこの本を見つけて、タイトルと表紙に惹かれて読んでみました。第二次大戦直後のロンドンの、廃墟の中に残ったビルの4階で”ロンドンで2つめの”結婚相談所を始めた若くて美しい二人の女性。一人は元スパイで、もう一人は夫を戦争で亡くしている。二人の出会いはお互いの知り合いの結婚式で、新郎新婦の人となりやマッチングの妙について話しているうちに意気投合し、相談所を開くに至った…というエピソードも、ワクワク感となるほど感が絶妙です。

いわゆる”本格ミステリ”ではないので、真犯人像やトリックは「?」という部分もあるけど、人物造形が生き生きしていて、その時代のロンドンを素敵に想像した感じがとても良いです。たぶんこの著者は、戦争にリアリティを感じない若い人じゃないかな。外国人が想像した日本、みたいに、多分現実と違うけど想像たっぷりの魅力があるので。

ただちょっと、原文を生かそうとしすぎた翻訳が少し読みづらいのと、ロンドンならではの習慣や地名、食べ物なんかの訳注がまったくないので、なんとなく雰囲気で読んじゃうのがちょっともったいない気もします。訳注があったとしてもリアルに想像するのは難しいので、映画化してくれたらなぁ…なんて思ったりします。きっとカラフルで素敵な作品になると思います!

 

中川ワニ「家でたのしむ手焙煎コーヒーの基本」736冊目

前に通販で「コーヒー焙煎入門」みたいなのをやったことがあるのと、生豆が焙煎したものより圧倒的に安いことから、半隠居後はひまなときにいつもコーヒー豆を焙煎しています。映画みながら、テレビみながら。焙煎のやり方は、もう体で覚えるしかない。豆はなまものだし生き物なので、今回うまくいったと思っても、同じ豆であっても全く同じような焙煎は二度とできない(まだ腕がない、というのもある)。ずっと試行錯誤してるけど、ときどきヒントを探してネットを検索したり。

先日「青春18きっぷ」でなんとなく行ってみた軽井沢の美術館のショップで、なぜかこの本を売ってたので、買ってみたわけです。オールカラーのこじんまりとした本。やっと、ゆっくり家でひもとく余裕ができました。

ネットの情報は、How toが多い。焙煎前に豆を洗うべきかどうか、何分以内に洗うのか、焙煎のときの火の強さや時間は、「一ハゼ」と「二ハゼ」をどうとらえるか。。。豆の具合や水分量によって違うから、時間だけ計っても意味ないんだよな。かといって自分で「今だ!」と思えるほどの感覚はまだない。

著者の方が、インドネシアで現地に住む人のお宅に行って豆を焙煎してみんなで飲む、というお話なども載っていて、結局のところ、豆とも人間ともきちんと向き合って大切にすることがキモなんだなと思いました。焼き色をつけるんじゃなくてちゃんと火を通す。ちゃんと時間をかけて、カリカリの香ばしい豆に焼き上げることができればOK。と理解しました。

コーヒーの淹れ方も、ついつい雑になってしまってたなと思ったので、今日のおやつタイムからもう少し丁寧にやってみようと思います。

良い本です。本棚にずっと置いといて、気持ちがささくれ立ってきたら、また開いてみようと思います。

 

阪口ゆうこ「片付けは減らすが9割」735冊目

ぐっと軽い本を読んでみる。私も常にモノ(あるいは、モノの山)に囲まれてるほうの人間で、常にやりたいことがたくさんあったり、ファッションにこだわりがないから安くて良さそうだと思うと、対して愛着もない服をどんどん買ってしまったりする。たまに、買わないはずなのに溜まってる本やCDをまとめて売ると、「捨てハイ」に陥る。

そんなあいまいな私にこの本は「ものの量にこだわってる人は、多くても少なくても結局とらわれてるのよ!」と言ってくれました。モノじゃなく、自分主体で片付けましょう!という。…私も、長年片付ける努力をするうちに、小説を買わなくなった(なるべく借りてる)という進歩はあった。隙間が多くなると、新しいことを始めようと思うようになる。その調子だ、私。

しかし診断をやってみたところ、「不要なオマケがついたものを買ってしまう」「クローゼットの中がぐちゃぐちゃ」「掃除を始められない」「紙袋や保冷剤がどっさり」おおぅ…(涙)

掃除できないこと、見かかってるパンフレットとかの紙類が常に累積する、あと、とにかく服。洋服を買うセンスもないしコーディネートも下手だし、だいいちポリシーがない。選べてない。これはまず、自分が自分の見た目をどうしたいか決めることが必要だな。

片付け方でも何でも、言われた人が不愉快になることを言って、自分だけいい気持ちになってはいけない。この本にはそういう、著者の強い気持ちが感じられます。でも本当にその通り。今って正しさを振りかざす人でいっぱいになっていて、私自身そういうところもあったと思うけど、自分にも人にも優しくすることが大事だと、みんなわかってきている。

今のゆるゆるのペースで、少しずつ、気持ちよく、片付けを続けようと思えた本でした。ありがとう。

 

劉慈欣「三体Ⅲ 死神永生」733~734冊目

読んだ―、読み切ったー。ものすごい熱量の大長編。読み切った私の満足感がこれなら、書き切った作者の達成感はどれほどのものだろう。もう、SFは三体シリーズだけ読めば十分、といってもいいかもしれない。いやもちろん、最近の中国系SFだけでも大変な傑作が連なっているし、私みたいな読書の虫はこれからもどんどん読むわけですが、一つの世界、ではなく一つの宇宙を本の中に作り上げた「三体」シリーズの充実度はほかと比べられないほどで、名作を数冊だけ読みたいという人がもしいるなら、このシリーズだけでも読んでほしいという趣旨です(「だけ」というには膨大な量だけど)

膨大といえば、たとえば司馬遼太郎の小説とボリューム感が近いのかな。司馬遼太郎は読むけどSFは読まない、という人がいたらぜひ読んでみてほしいです。

テクノロジーと革新、血のつながりと他人との情愛、人間たちの協力とと背反、希望と絶望と「死より辛い生」…甘くない未来を、選んだのは結局のところ人間だ、という苦い世界観じゃなくて”宇宙観”。

シリーズ最終巻でもう一度、三体世界の人たちがその後どう生き延びたかを見たかったなぁ。書き切った感はあるけど、やっぱり派生シリーズを書き続けてほしいですね。