山崎俊輔「普通の会社員でもできる日本版FIRE超入門」799冊目

これはいい本だった。別のFIRE関連の本を読もうとしてて、たまたま見つけたらAmazonプライム会員は無料でKindle版が読めるというので、さっそく読んでみました。

Fireというのは、Financial Independence, Retire Earlyの頭文字だそうです。名詞と動詞がくっついてて和製英語かと思ったら、これがオリジナルらしい。要はお金をたくさん貯めて早く会社を辞めようということ。2年前にフルタイムの仕事を辞めて、なんとなくパートや受託の仕事をしながらも貯金を減らさず、切り詰めて楽しく自由に暮らしてる私は、2年前からこの言葉を知ってたら「私FIREやったの!」って威張れたんじゃないかと、不勉強を悔やむ気持ちになりますね…。

私の場合は50代で会社勤めを辞めて、その後はパートや業務委託の仕事をしながら、貯金を減らさない程度の節約生活をしてます、というパターンなので、典型的なFIREではないけど、FIREで辞めても仕事がしたくなってこのくらい働いてる人もけっこういるんじゃないかと思います。

完全なFIREでも私みたいなセミFIREでも、必要なのは「贅沢しないこと」。それはこの本にも何度も何度も書かれています。前は時間をお金で買う感じで、ヒマがあったらさっさと高い喫茶店でも入ってとにかく休むって感じでした。今はコーヒー豆を焙煎して、挽きたての豆でいれたコーヒーを飲みながら、図書館で借りた本を読む。一番大切なのは「時間をどう使えば幸せでいられるか」で、会議や通勤に毎日何時間も取られていたのがなくなった分、がんばって節約するのは私には向いてたと思います。

とはいえ、早期退職は誰にでもおすすめできるものじゃないです。私は仕事もしてるから、自分で帳簿も付け始めた。自分のことを自分で管理することは「大変」じゃなくて「楽しい」から多分こういうしょぼいセミFIREに向いてる。いやな仕事や苦手な人と一切かかわらず、細々と好きなことだけして暮らす。過去に貯めたお金になるべく手を付けず、お金の勉強もして少しは増やす。周囲の人たちはかなり驚いたと思うし、仕事がそんなに辛かったのか、と思われただろうけど(それもあるけど)別のやり方もあるんだよ、ということを知っておくのはどんな人にとってもプラスだと思います。

この本は「FIREってどういうこと?」「実際やろうとすればできるもんなの?」という二大疑問を日本の制度や実態に合った形で過不足なく説明した、すべてのサラリーマンにおすすめの本です。(自営業や、貧困ギリギリの人向けの本もあるといいなぁ。自分で書けないかしら。。。)

 

原田マハ「ユニコーン」798冊目

美しい本です。赤が基調の、若い貴婦人とユニコーンをあしらった一式のタペストリーと、初期のフェミニストと言われるジョルジュ・サンド。史実をベースに原田マハが創作した物語と、ジョルジュ・サンド自身が残した文章で構成されています。

ジョルジュ・サンドって誰だっけ?というくらいの知識しかない私がWikipediaを見ても、与謝野晶子瀬戸内寂聴みたいな情熱的な文筆家なんだなと思う程度ですが、意外と面白く読めました。誰にも解説・解読されずに保存されてきたミステリアスなタペストリーと情熱的な女性の存在。だいいち描かれているのが処女性(喪失)の象徴であるユニコーンなので、神秘的な世界が広がってしまいます。

それにしても、見れば見るほど見入ってしまう不思議なタペストリーです…。

 

竹宮惠子「少年の名はジルベール」797冊目

これが竹宮惠子サイドの物語。

先に萩尾望都の「一度きりの大泉の話」を読んで、多分竹宮惠子も辛かったんだろうなと思って、読んでみました。

みんな懸命に描き続けてきたんだなぁ。と、しんみりと感じ入るしかないですね。追いつめられることが続くとおかしくなってしまって、こもってしまうこともあるし、吠えてしまうこともある。うまく自分をコントロールできる人を尊敬するけど、私はいまだにうまくやれずに嫌われたり心配や迷惑をかけることが多い。自分も傷ついてきたけど、必要以上に人を傷つけてきたんじゃないかとも思う。自分のことを説明したり伝えたりすることが、うまくできないんだ。

二人とも、苦しい思いを吐き出してくれてありがとう、という気持ちです。作品から入って、神のように見えていた彼女たちの痛みを知ってわかちあって、少し救われる人もたくさんいるはずだから…。

 

ジャナ・デリオン「生きるか死ぬかの町長選挙」796冊目

タイトルが気になって読んでみることにしました。原題は「Swamp Sniper」ですって。舞台はアメリカの沼地の小さな町なのでswamp、そこになぜかCIAのスパイがやってきたのでsniperか。日本の題名のほうが引きが強いし、最近の日本の”ちょっと目先を変えたエンタメ・ミステリ”っぽくてキャッチーです。娯楽にこういったキャッチは大切。ちなみにシリーズの3作目。順番間違えた!?と思うようなストーリーではないけど、主人公以外の二人の女性、アイダ・ベルとガーティが老人だということに気づくのに時間がかかった。あまりにも元気でエネルギッシュなので。。。表紙にちゃんと若い女性+老婦人2人の絵が描いてあって、もしかしてこの3人だよなぁ、やけに老けて描かれてるけど…と思ったりして。

1,2作目も読めば、主人公が沼地の老婦人たちと親友になった経緯もわかるかな。それに、主人公の本当のミッションはまだ明かされてないので、次回作も読みたくなります。その辺、読ませる仕組みがうまいですね!

 

武田砂鉄「偉い人ほどすぐ逃げる」795冊目

武田砂鉄は、テレビで話しているのを見て、そのきっぱりとした弁舌の一貫性が印象的で著書を読んでみたいと思いました。

この本でも立場は一貫しているし、主張にはぜんぶ納得できる。でも読んでてだんだん暗澹たる気持ちになってくるのは…この人のせいじゃなくて、あいまいでおかしいことばかりがはびこっていく、広がっていく事態が情けなく腹立たしく、だけど自分には何もできないという無力感が強くなるから。

自分は長いものに巻かれずに正しいことをやってきたと思ってるけど。違うと思うことは後悔しないように必ず指摘する。でも指摘したあと、多数決あるいは上司の判断で却下されたら指示に従ってきた。それが自分できる最大の主張だと思ってやってきたけど、もっと強く、もっと丁寧に、自分の思うことを貫いてみてもよかったのかもしれない。※結局、つとめあげないで会社員は辞めちゃったわけだし。※辞めちゃってもなんとか食べていけてるし。

「自分さえがまんすれば」で誰かほかの人が得をする。自分が辞めてしまえば残った誰かにひずみがいくだけ。声をあげることは少なくともけん制にはなる。仕事ばっかりやってたときには見えなかったものが、今なら見えるんだよなぁ…。もう組織の一員には戻れないな…。

 

佐藤究「QJKJQ」794冊目

「テスカトリポカ」がとても面白く、血を見る場面が多いのにも関わらず私でも楽しめたので、別の作品も読んでみた。両方ともミステリー小説と呼べる謎があり、ホラーのようでもあり。とにかく迫力があって、かつ丁寧な文章で、どんどん読んでしまいます。力のある作家だなぁ。

この小説はタイトルを見てもどういう内容か想像がつかない。読み進めていっても、SFなのかホラーなのかミステリーなのか最後までわからない。かなり極端な世界に寄っていきそうなのに、常識の範囲で納めるのも、スリルと安心感の両方が感じられる。

ぶっちゃけ、内容は荒唐無稽でいいのか悪いのか説明しづらいんだけど、すごく面白く読めてしまいます。理屈で良さを説明するのが難しい作家だなぁと思います。でも多分、どの作品を読んでも面白いはず。

 

萩尾望都「一度きりの大泉の話」793冊目

2021年のお正月に放送された「100分de萩尾望都」を見て以来、彼女の作品を片っ端から読んで(あるいは読み直して)、その流れで気になっていたこの本を、今日やっと読みました。

萩尾望都の作品世界は、とても深い。情緒がきわめて繊細だと思う。一方で本人が外部世界(簡単にいうと「ほかの人たち」)との関わりを語るとき、シャイな子どもみたいに怖がりな印象がある。私にもそういう部分があって、親にいつも怒られていたので自分は基本ダメだと認識していて、他人のいいところばかり見える。逆に親にたっぷり愛されて自己肯定できている人の中には、何かいやなことがあると他の人が原因だと思いがちな人がいる。そのギャップが、自己認識が高い人が低い人を貶める形で表出したとしても、人を傷つけることは本人にとっても痛い。貶められた人は、やがて自分を取り戻せればそれが自信になるけど、貶めた側はその後自己嫌悪に陥ったり、さらに屈折して別の誰かを攻撃することもある。

「何か言われて不快でも反論せずに黙ってしまう、それは不快という感情と共に強い怒りが伴うので、自分で自分の感情のコントロールができなくなってしまう(p265)」…わかる…私は若いころはすぐ泣きそうになって、涙を抑えるのに精いっぱいだった。黙ってるのは何も感じないからではない。うまく自分の感情をコントロールできない人ってたくさんいるのかもな。

そんな萩尾望都竹宮恵子を対談させようとする人たちがいる。因縁の野球選手たちを”仲直り”させる企画、みたいな、私が「インスタントカタルシス」と呼ぶものを読者に与えようとする。素晴らしい二人の漫画家がその後、長い年月を経て和解したと思いたいんだろうな。アニエス・ヴァルダ監督が晩年にドキュメンタリーの中でゴダールを訪ねたけど会ってもらえなかった、という場面を見たとき、ちょっと悲しくなった記憶がある。私もそのとき、通りすがりの無責任な、感動したがってる観客だった。

でも観客や読者のことはそんなに気にしなくていいのだ。どうせ通り過ぎるだけだから…一生忘れない作品、作家がいても、作り手の幸せのために何かできるわけじゃないのだ。

竹宮恵子のほうの自伝も読んでみよう、と思う自分がなんとなく、あさましく思えるけど、ここまできたら見届けてみたい。