岸政彦「リリアン」809冊目

この人の小説は、ものすごく好きだけど、とてつもなく寂しい気持ちになる。

「図書室」は病弱だった子ども時代に、一人で部屋の窓から外の雨を見てたときみたいな気持ちになったし、「リリアン」はよくわからないまま付き合い始めた人と、なんの未来も見えないまま布団のなかで夜更かしや朝寝坊をしていた週末みたいな気持ちになった。この人の文章の世界に浸っているとき、みんなどんな気分なんだろう。息苦しくなってるのは私くらいなのかな。

会話のあいまいさを、そのまますくい取って少し笑い合えるような関係は、とてもやさしい。その機微は私には難しくて、「よくわからない」って答えたり笑い飛ばしたりしてしまいそうだ。そこをするっと流せる人間関係に、憧れるようでちょっと怖い。何かに埋もれてしまいそうで。・・・私は、人の話をさらさら聞き流して適当な相槌を打ってることは多いけど、それと同じなんだろうか、違うんだろうか。楽器を演奏するのは楽しいけど、ジャズのインプロビゼーションは無理、と思う私は自分で思ってるより杓子定規な人間なんだろうか。

みんなこの本を読んでどんな風に思うのかな・・・。

リリアン

リリアン

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アンソニー・ホロヴィッツ「メインテーマは殺人」808冊目

カササギ殺人事件」に続いて、この著者のミステリーを読むのは2回め。

面白かったけど、まぁ作為が多くて作りこんであって、頭が忙しかったです。著者と同じ名前・同じ設定の語り部(”ワトソン君”)が、変な思い込みをしたり間違った推理をしたりして、捜査を混乱させるのが違和感が強い。カササギ書いたアンソニーホロヴィッツなのに。ホーソーンホロヴィッツのシリーズは今後どんどん書かれるらしいので、慣れるしかないのかな…(有栖川有栖の小説みたいに)

必ずヒントをすべて提示しておいて、どこかのタイミングで読者になぞ解きを促す場面があります。でもそのヒントや動機やトリックは、なんとなく、ストーリーと関係がない。なさすぎる。謎解きのための謎解きがあって、ストーリーの自然な流れや動機の必然性と、事件の関連性がするっと入ってこない。そこがアガサ・クリスティの心理学者みたいな深さとは違う。

とか言いながらまた読みますけどね…。

 

淀川長治「淀川長治映画ベスト1000」807冊目

もう3000本以上見たのに、見れば見るほど見たくなる魔性の世界が映画だ。すごく読みたくてやっと入手して、やっぱり「見たい作品リスト」を100本メモってしまった。その間にも次々と、新しい映画が公開されていく。見終わることがないのはありがたいことだけど…。

それにしても、この方にかかると相当の割合の映画が「ホモセクシュアルに関する映画なんですね~」になるし、映画の中の男性ヌードポイントが正確に説明されているのが、なんとも…。女性のヌードに関してはよく解説に「(女優の名前)の体当たりの演技が見もの」とあるけど、何が体当たりだ、トラックに自分からぶつかっていくとでもいうのか、脱いでて嬉しいならそう書け、でも女優はヌードを見てもらうために映画に出てるんじゃないんだ、もうちょっとマシな見方ができんのか、と私はよく怒っています。それと同じことをこの方の男性ヌードの説明にも言いたくなりますね。映画評論の品を落とさないでくれ。(故人に対して大変失礼しました)

いやでも読みたくてこの本を読んだのです、私は。なんでかというと、サイレント時代~戦時中あたりまでの国内外の映画について、自分が映画館に見に行った感想を正確に書けるのは当時映画を見ていた人だけなので、小さい頃からすぐれた審美眼で膨大な数の映画を見たこの方の本でなければ、その頃の未見の作品のよしあし、どれを見るべきか、がわからないからです。戦前の作品などはもう(戦時加算はあるけど)かなりの数がパブリックドメインになっているはずなので、DVDやVODで見つからなくてもYouTubeなどで探して堂々と見られるものもあるはず。字幕さえあきらめれば。

という意味で、本当に貴重な本です。メモった100本、がんばって探して見てみますよ、私は。

 

畑中学「不動産業界のしくみとビジネスがしっかりわかる教科書」806冊目

本当に教科書だった。しかもカラー図解たっぷり、1テーマ見開き2ページずつにまとまっていて、すごくわかりやすく包括的。これは、不動産業界や建設業界に就職したい人だけじゃなくて、マンション買おうかなと思い始めた人、リート買ってみようかなと考えてる人など、業界のどこか一部に興味が出てきた人にも役立ちそう。不動産業界の初任給とか離職率とか、就職あるいは転職を本気で考えてる人にすぐ必要なデータも載ってます。

私はだいぶ前から「宅建…取ろうかな…」と考えたりしてますが、この業界で働くことは当座はないので、またそのうち…。

 

綿矢りさ「かわいそうだね?」805冊目

やっぱりこの人の小説は面白い。この本には、煮え切らない彼氏に見切りをつけるべきか悩む洋服店員と、美人すぎる友人をもった女性、それぞれを描いた2編が収められています。

同じ女性としては「作品の感想」が書きづらい。どうしても、主人公に対して一言言ってやりたい、たとえば「元カノを一人暮らしの自宅に住まわせるなんておかしいでしょ!何もなかったとしても相手はその気なわけだし、そんな男と結婚なんかしても、一生そういう謎の親切に悩まされ続けるよ。アンタは一切、一番大事な人として扱ってもらえないんだよ」とか。「美人すぎるとか優秀すぎる人って孤独に決まってるでしょう。自分もやっかみが強いんだろうけど、ここまで一緒にやってきて今は親友なんだから、彼女を埋めてあげられる結婚なら応援してみたら?」とか。いややっぱり反対する方が親身な気もするけど。…というありさまで、客観的な評価ができません。

題材が身近だからか?作品がすぐれているから感情移入しすぎるのか?vs 感情移入しすぎる作品はいい作品なのか?…賞の選考をしてるわけでもない、ただの一読者なんだから、客観的な評価なんて試みる必要もないですね。この人の小説は、とにかく、今回もすっごく面白かったです。

 

古川安「津田梅子 科学への道、大学の夢」804冊目

脚注や参考文献だけで全体に1/5くらいはありそうな、学術書として発表されたけれど、伝記として読むのも正しい本です。

重要なポイントは、今までの津田梅子の伝記は、梅子の側の人間が彼女を中心として調査したものだったのに対し、この本は科学史を専門とする著者がたまたま住んでいた町にブリンマー大学があったことから、ブリンマーの理科系学部へのアクセスの強さや科学にまつわる歴史の専門家である、という点で、今までにない視点からの分析があること。研究者としても将来を大変嘱望されていたとは聞いてたけど、それが具体的にどれほどのことだったのか、記録や背景状況から具体的に浮かび上がって見えてきたと感じました。

梅子、女子英学塾やその後の津田英学塾の先生方がときに文科省におもねるようにも見える請願、たとえば「英語教育は戦時下においても重要なので残してください→女子に理科教育を行うことでお国に尽くします、etc」については、一貫性がないと批判する見方もあるかもしれないけど、私は大いに支持するなぁ…。プロセスより結果を重視する、現実的なものの動かし方だ。生き延びてナンボだ。女子教育を津田塾が諦めたら誰が守ってくれる?

他には、梅子が直接教えた山川菊栄に「トルストイなど読んでいてはだめだ」と厳しく叱責した話などは人柄のわかるエピソードで面白かったです。「アンナ・カレーニナ」「戦争と平和」どちらも体制や夫に反発して愛に走る激しい女性が出てくる。そりゃ確かにこのヒロインたちはall-round womenの対極だ。

先日放送された梅子のドラマで、梅子を広瀬すずが演じていたのが違和感あるなぁと思っていたけど、改めて若い頃の梅子の写真を見ると、意思が強く自分を信じるエネルギーを蓄えてどっしりしている感じの佇まいが、意外と似てるなと思いました。

 

久生十蘭「久生十蘭短篇集」803冊目

どこで見たのか忘れたけど、久生十蘭という作家が1955年にこの本に含まれる短編「母子像」(の英訳)でニューヨーク・ヘラルド・トリビューンの「世界短編コンテスト」の一位を取ったというので借りてみた。読み始めてみると、海外を意識したような明治時代っぽい、あるいは初期の村上春樹みたいな文章で、しかも英語じゃなくてフランス語が普通に入ってくる。フランスで暮らしていたりもする。奇矯な大金持ちや不幸な子どもといった、典型的な「日常」とは違うシチュエーションの物語が多い。

ロアルド・ダールの短編集みたい、って最初に思った。すごく知的でシニカル。「斜に構えていながら最後に希望をもたらす」ということはなくて、最後にどんでん返しがあれば、それは”最悪から地獄へ”みたいなネガティブな転回か、すとんとオチなく終わるというはぐらかし方のどちらか。すごく、読みづらい。毎回「ええ~~」とちょっと不満を抱えて次を読む。不幸でも変化なしでもいいから、なにかもう少し、分からせてほしい。

私は常ひごろ、わかりやすいハッピーエンドやお涙ちょうだいのストーリーを批判ばかりしてるけど、この短篇集の前ではまったくありきたりのドラマ好きな現代人だ。なんか面食らう。まるで南米やアフリカや東ヨーロッパのような、行ったことのない遠くの国のノーベル賞受賞作家の作品みたいに、取りつく島がない。

などなど、何かをつかもうとしながら感度の悪い自分にがっかりしただけの読書体験となりました。この作家に関する文章や番組を見かけたら見てみて、少しでも洞察が深められたらという気がしています。