イアン・スティーヴンソン「前世を記憶する子どもたち」890冊目

長年愛読している佐藤正午が、生まれ変わりが話の軸になっている「月の満ち欠け」という小説を書き、それで直木賞を受賞し、それが映画化されたのを先日見てきたところ。その中で、前世を記憶していると思われる子どもを持った親たちが参考書として手にするのがこの本。私は佐藤正午がこのテーマを取り上げることがとても意外だったので、この本も読んでみたいなと思って手に取ってみた次第です。

548ページもある本で(うち150ページが原注と参考文献)、内容は著者が長年の研究の末、前世記憶はインチキじゃないけど絶対にあるというものでもない、とにかく興味深いから見てみて、という感じの本です。めちゃくちゃ前世に興味があるわけではないので、斜め読みしかしてませんが、感触としては「UFOはあるのか」「宇宙人はいるのか」といったテーマを極力まじめに研究したものと似ています。こういうものほとんど、「ないという結論が出ていないからには、あるかもしれない」と思うのですが、今の科学力で解明できると思えないので、あまり深堀りすることに興味が持てない。

だから斜め読みしたあとも、「月の満ち欠け」に関してはどうも半信半疑の気持ちは変わらなかった、というのが正直なところ。

あの小説によって佐藤正午(小説の書き方ではなくコンテンツの方向性だけ)が不可逆的に変わってしまったのか、それとも従来通りの部分がまだ大きいのか、あるいはもっと違う方向へどんどん進んでいくのかに興味が尽きません。現在執筆中の新作が年明けからウェブ連載されるそうなので、心待ちにしています。

 

小松みゆき他「動きだした時計 ‐ベトナム残留日本兵とその家族」889冊目

年老いたお母さまを自分が住むベトナムに連れて行って暮らすことを中心に書いた「ベトナムの風に吹かれて」を前に読んで、すごいチャレンジだと思った。私が大げさに考えすぎてただけかな?それより、前は見逃してたのかもしれないけど、この本を読んで、小松さんご自身がこれほど仕事をしながら苦学して、すでに様々な仕事を経て日本語教師の資格を取り、ベトナムに渡ったという経緯に驚いた。私自身、違う分野への転職を何度もしているのに、年を取ってからの方向転換は大変だという頭があるからだ。日本語教師の資格ができたのは私がちょうど大学新卒の頃なので、今はベテランになった私と同年代の日本語教師はたくさんいるし、それより前から経験を積んできた人も多い。でもそのタイミングで転換した人の話は多分他に知らない。新卒で海外に渡った人とは全然違う、豊かな授業が最初からできたんだろうな、などと想像する。

この本は最初、「~風に吹かれて」の続編のような軽い気持ちで手に取ってみたけど、冒頭からその重さに緊張した。ベトナムに残された家族の、日本の父に対する思い。この本では、突然の帰国を余儀なくされた日本人父たちの事情を、一部の当事者の手紙から、軍事目的の機密工作行為とも読み取れる部分があるけど、もしかしたらそれが彼らに対する方便で、本当は他の国からの圧力だったのかもしれない。さまざまな、得体のしれない圧力のなかで、思い合うことを最後まで忘れなかった方々の「生き様」に胸がいっぱいになります。

人間ってすごいな。きっとみんな自分の中にすごく強くて美しいものを本当は持ってるんだろうな。外のものごとだけじゃなくて、そういう大切なものに意識を持っていたいなと思ったのでした。

 

藤井孝一「超・個人事業主 なぜあの人は会社を辞めても食べていけるのか」888冊目

数年前から青色申告を行い、3年前に会社を辞めて自営業一本になった私としては、気になるタイトルです。ぱっと見、外国の本の翻訳みたいに見える表紙のデザインは、たぶん戦略なんだろうな。

なぜ私が会社を辞めても食べていけてるのか?と思ってる知り合いもいるだろうなぁ。それは収入に見合った支出に抑えるように努力しているから。コーヒー豆も安い生豆を仕入れて自分で焙煎してたし、洋服は無印とユニクロを通り越して、しまむらとワークマンにも行った。私の場合は一人暮らしで節約が趣味みたいなものなので、あまり苦労しなくても少し稼げればまあまあ幸せに暮らせるほうです。でもこの本はそっちじゃなくて、例えば家族がいて学校や生活に今までと同じ額の支出が必要な人が、生活を変えずに収入を確保する秘訣について書いています。

会社を辞めてから、新聞広告の仕事に応募したり、人から聞いた会社でパートしたりもしました。今はそれと別の仕事を受託してる。そろそろ、新しい仕事を覚えるのが少しおっくうになってきたけど、まだ好奇心はある。仕事そのものに夢中になれて、仕事の質を高めることが生きがいにできれば。今後の問題は体力だ。いくつまで働けるのかな、働ける体力をなるべくつけて温存するの、けっこう大事ですよ。と若いころの自分に言ってやりたい・・・。

 

ひろゆき「誰も教えてくれない日本の不都合な現実」887冊目

Twitterでしばらくフォローしていたら、彼のフォロワーの反応が激しくて興味深かった。与党批判をしているときは、諸手を挙げて大絶賛してた人たちが、沖縄のデモのやり方を皮肉ったあとすごい勢いで攻撃したり。たぶん私のTwitter世界がかなり左寄りだという状況の原因の一つだと思うけど、そんなに一人の人の言うことに一喜一憂しない方がいいんじゃないかと思う。だって、生まれも育ちも遺伝子もまったく違うのに、自分とすべての面で同一の価値観の人なんているわけない。

Twitterっていう世界はダイバーシティを保つのがとても難しい。自分が好きで選んだもので埋め尽くされるので。最近は友人との相互フォローを一切やめて、完全に独立したアカウントを作って映画と読書のブログの投稿と、ニュースや興味のある人のフォローだけしかしてない。友達とはビールを飲んだり旅行には行きたいけど、「xxをフォローしてるなんて信じられない」とかは言われたくない。逆にいうと、私が誰をフォローしてもそれほど気にしないで仲良くしてくれる友達って少ないのかな。

とにかく、この人の発言はなんとなくいちいち冷笑っぽいのが嫌な人は嫌だろうけど、なかなか人が気づかない視点や、思ってても言わないことを言ってくれるのがときどき痛快なので、これからもぼちぼちフォローすると思います。

 

山崎晴雄・久保純子「日本列島100万年史」886冊目

日本列島って、ユーラシア大陸の東端の湖が海とつながっちゃって、キワだけ残ったものなんだろうか。とふと思って気になってたまらなくなったことがあります。すぐ東に日本海溝があって、そこから先はずっと海だったはずだから。

そういうことも含めて、納得の日本史をとてもコンパクトに繰り広げている偉大な本です。ゆっくり読めば理解できるけど、基礎知識ゼロなので難しく感じるのと、図解やアニメーションで見られたらもっと私でもよくわかるだろうな、という感じはあります。と思ったら図解バージョンもちゃんと出てるんですね。需要と供給。

個人的に印象に残ったのは、九州に「鬼界が島」を生み出した7300年前の大噴火で、九州の縄文人はほぼ絶滅した・・・という話。私の母方の実家は大分の山奥、九州山地の一角なのですが、がっしりして肌の浅黒い祖父や眉が太く猪首ぎみだった母を初めとして、明らかに”縄文系”なのだけど、縄文時代が終わってから北から来たのかな。それとも南九州の噴火を逃れて生き残った縄文サバイバーななんだろうか。そういうことって遺伝子調査とかでわかったりするんだろうか。。。

本の最後の最後に出てくる、そういう全滅レベルの災害については対策が取られていないという文章も、なかなか衝撃でした。理由は「被害が壊滅的で防災対応ができないから」。まあそうだろう・・・けど・・・。ベスビオ火山を想像してぼんやりしています。

 

佐藤正午「月の満ち欠け」885冊目

<ネタバレあります。映画の詳細な筋の一部にも触れています。未読、未見の方はご注意ください>

映画を見たので、改めて読み直しています。どうも違う部分がたくさんあるなと思って。

映画のキャスト、大泉洋柴咲コウ有村架純、と聞くとわかりやすく作り替えたかも、となんとなく思ったし、長年愛読してる佐藤正午の作品のなかで、最もロマンチックに、真剣に「愛」と向き合った作品だと思っていたけど、思ったほど甘すぎずよくまとまった映画だなと思いました。それでも「鳩の撃退法」同様、原作の緻密で入り組んだ構造を2時間にまとめきれるわけもなく、(必要に迫られて)かなり作り替えられていたなと感じます。

だから映画のほうがだいぶわかりやすい。小説で瑠璃は2回ではなく3回転生して、二度目は違う名前だった。正木の妻の瑠璃、小山内の娘の瑠璃、社長の娘の希美、小山内瑠璃の親友、縁坂ゆいの娘のるり。つまり全部で4人いる。正木の妻の瑠璃の事故はジョン・レノンとは関係なかったし、彼女が好んで口ずさんでいたのは黛ジュンの「夕月」という歌で、ジョンともヨーコとも関係がない。正木は妻に先立たれたあと「社長の娘の希美」を助けようとして

「夕月」をググって聞いてみたら、めちゃくちゃ短調の、歌い上げる感じの演歌だった。意外。黛ジュンだし、軽快なポップス調の恋の歌か何かかと思ったのに、こんなベタな昭和歌謡だとは。

ジョン・レノンの「Woman」が流れないだけではなくて、彼が撃たれた日というマイルストーンは存在しない。・・・これは、時系列を認識するためには効果的な追加だったかも。私自身、あの日自分がどこで何をしていたか、妙によく覚えてたりするから。

そして正木は単なる一代の少し暴力的な夫だっただけで、あれほどつきまとってくる闇の存在でもなかった。

でも、佐藤正午の小説の中で唯一と思える大団円なのは映画と同じだ。彼の小説でよく見るふらっと失踪する女性と、無為に時間を過ごす男性は、織姫と彦星みたいに、いつか再会することを夢みて相手を探し回ってたのか、と思う。いままでの小説がこれで全部結末を迎えたような気持ち。

今、新作の長編に取り組んでいるらしい。来月から「Webきらら」で連載が始まるらしい。なにか一つ書ききったように感じられた手練れの小説家が、次に何を書くのか?すごく楽しみで待ちきれない気持ちです・・・。読み終えられないうちに事故で死んだりしたら、生まれ変わってでも結末まで読みます。絶対。

 

白尾悠「サード・キッチン」885冊目

どこかの書評で見て、読んでみました。

日本からアメリカの大学に留学した女の子が、異文化の中でもがき、悩み、もまれてダイバーシティの受容を学んでいく話。と理解しました。

よく構成されていると思う。主人公の女の子が学習していく過程に説得力もある・・・けど・・・何か感じるものがある。これは、この本が「教育的」「啓蒙的」ということかな。主人公が破ったひとつの「殻」をすべての日本人も破らなければいけない、という強い方向性が感じられて、道徳の副読本を読んでるような気持ちになる。

自分の中の偏見って常に試され続けてると思う。答にたどりついたと思った次の瞬間に、逆の意見に出会って戸惑う。・・・そういう戸惑いがあるのが人間で、「自分が絶対であると思う」というダイバーシティと真逆の意識に至ってしまうと戸惑わなくなるんだと思う。

迷い続けましょうよ。どうしても苦手な人っているよ。絶対間違ってることをしてる人もいやだけど、自分こそ正しいって思ってる人はもっと苦手だ。傷つけてしまった人の気持ちを考えてときどき泣く、でいいと思います。