小学館文庫編集部「超短編!大どんでん返し」977冊目

面白いわ。やっぱり面白い。しかも短い。”ツイッター小説”(これからはX小説と呼ばねばならないのか)よりは多分長いけど、文庫本を手に取って読もうという気持ちで向き合うとあっという間。短いけど、物足りなさは皆無。従来のありがちなミステリーやロマンスの先入観を持って読み始めるので、設定の説明は最小限でOK。そしてその先入観は見事に裏切られる。これが気持ちいい。手練れの作家たちが、それぞれのやり方、それぞれのテイストでスカッ、スカッと裏切ってくれる。この薄い本はお買い得です。

普段本を読まない人が活字に興味をもつきっかけにもなりそう。でも、日本語教えてる生徒に読ませたら、多分みんな「?????」ってなってしまうだろうな。これが理解できたら、感覚まで含めてほぼバーチャル日本人かもな・・・。

 

ブレイディみかこ「スープとあめだま」976冊目

ブレイディみかこが幼い子ども(といっても小学生中高学年くらいから?)に向けて書いた絵本。絵は「ぼくはホワイトでイエローで、ちょっとブルー」の表紙と同じ、多感できれいな目をした少年の絵。

この子がある雪の日、母親に連れられてホームレスをシェルターに案内し、そこで違和感の中から共感を見出すという、短い時間を描いた薄い絵本なので、著者の本をたくさん読んでいる大人には小さく感じられるだろうな。この絵本を読んでほしい人をイメージするのは少し難しいけど、(なぜなら、本を見るより実際にボランティアの場に連れて行く方が、この少年のように自分で発見する機会があるから)、そう簡単にボランティアに行けない人には入口としていいのかもしれない。

私は、この本にちょっと共感したところがあった。

自分が以前行ってた「傾聴カフェ」で、私はお客さんのオーダーを取ったり飲み物を運んだり、手が空いたら話し相手になったりしていたんだけど、そんな私にお客さんが「あんたもこれでコーヒー飲むといい」ってお金を渡してくれたおばあちゃんがいた。生活保護のお金を切り詰めてここに来ているのに、手伝っている人のことまで考えてくれるなんて・・・と、ちょっと泣きそうになりながら飲んだコーヒーは染みるように美味しかった。「気の毒な人」ではなくて、「一緒にコーヒーを飲んだ人」になった。

人に何かを与えるつもりでいても、逆に与えられることは多い。一緒に過ごす時間が長くなれば、立場と関係なく仲間意識が育ってくる。そういうことが大事なんだと思う。なるべくいろいろな人と話をしたり、ご飯を食べたり、歌を歌ったり、ダンスを踊ったり、風呂に浸かったりする。コロナ禍の災いはそういうことが一切できなくなったことだよな。でも、そういうことの大事さを思い知ったことだけは、よかったのかも。多くの人が思い出してくれるといいな・・・。

 

国際言語学オリンピック日本委員会「パズルで解く世界の言語」975冊目

超面白い!超難しい!全然解けない!

だってヒエログリフの解読とかあるんですよ。これパズルというか、暗号解読ですらなくて、未知の言語体系を解き明かすという、知的好奇心の果てのような体験です。いや、解きやすいようにすごい専門家の方々が組み立ててくれているので、結局はパズルなんですが。

第一、語順や語形変化のルールが、自分のしゃべってる日本語とも、若干は知ってる英語ともまったく違う。たまに外来語があって、語感だけ似てたりする。世界のどこで話されてるのか見当もつかない言語(書いてあるけど)、日本の小さな市町村の人口より少ない話者しかいない言語。なんていうロマンなんでしょう。なんか、「地球の歩き方BOOKS」を読んだときのような旅愁で胸がいっぱいです。

全然解けないと書いたけど、最初のほうはがんばれば解けます。でも最後の「難関」なんて、ヒエログリフまで出てくるんですよ。わかるわけないじゃないですか(笑)!

これ、クイズやパズル好きな人にも勧めたいけど、なんらかの言語の教師にもやってみてほしい。日本語を、ひらがな・カタカナといったゼロから学ぶ人の気持ちがきっとわかるから・・・。

これほど難しいのに、正解がブレようがないパズルなんて、超一流としか言いようがありません。続編も希望します。(全然解けなかったくせに)

 

毛受敏浩「人口亡国」974冊目

コンビニに行くたび、日本に外国人労働者は不可欠だと思う。その割に移民問題をあまり知らない、理解してない人がほとんどで、ちょっとバランスがおかしいと感じる。

この本は、そういう「何もしらないけどお世話になっている人」が現状を把握し、今後どうするべきか考え始めるためにすごく良い本だと思う。

私は日本語教師になるための講義を受けた中でその辺の勉強もしたので、ざっくりと問題を認識していて、実際海外から来た方たちに日本語を教えるなかで学んでいることもあるけど、「じゃあどうするのが良いのか」というイメージを持てずに将来を不安に思っていたので、最終章でドイツの移民政策について詳しく調査報告をしてくださっていたのがとても参考になった。言語は大切!必須!

ということで、ますます日本語教育に前のめりになっていくのでした・・・。

良書です。どんな人も一度は読むといいと思います!

 

ホルヘ・ルイス・ボルヘス「ボルヘスとわたし」973冊目

ボルヘスの短編集は何冊か読んでるけど、このタイトルになっている短編「ボルヘスとわたし」が読みたくて借りてきました。あまり他の短編は読んでないけど、今回はこれでいったん返却予定。

どうしてもこれが読みたかったのは、以下のように連なって現れてきたので、読まないわけにいかなくなってしまったから。

ニコルソン・ベイカー「U&I」:アップダイクが好きすぎて、アップダイクと私というエッセイを書いてしまった)

  ↓ ↓ ↓

ジョン・アップダイク「アップダイクと私」:有名な小説家アップダイクと、自分自身との違和感などを語ったエッセイ。元ネタは「ボルヘスと私」だと書いている

  ↓ ↓ ↓

ボルヘスボルヘスとわたし」。

ここまで遡ってきて読んでみると、ボルヘスという作家はもう他人(別人格というよりさらに疎遠)として扱われていて、”わたし”はボルヘスの著作より他の作家のほうに自分自身を感じるとまで書いてる。自分の生活のなかの愉しみや苦しみといった味わいを、一度書いて発表してしまうと、それはもう他人のものになったような気がする、と日本の作家なら書くところかな。”わたしともう一人の男”っていう表現なんかも、ボルヘスっぽくてすごく惹かれる。

1974年発行の新潮社の本は行間が狭くて読みづらいけど、まだ日本では珍しい傑作を集めて紹介しようという気概やワクワク感が感じられて、とても魅力的です。またいつか、時間のあるときにゆっくり読み直してみます。

 

NHK放送文化研究所「NHKが悩む日本語」972冊目

面白かった。辞書を編纂している飯間浩明のツイートや文章と比べると、従来の”正しい日本語”を守る傾向が強い、保守的な印象。飯間氏の仕事は「わからない言葉を調べるための書物」を作ることで、NHK文研の仕事は「だいたいの人がわかり、自然と感じる言語を使った放送」をする(させる)ことだから、拾い上げる語彙の幅は当然、辞書のほうが広くなるんだろうな。

この本で取り上げた判断は、知らなかった言葉の背景や使い方を含めておおむね共感し、学べることが多かったけど、「ホームページ/ウェブサイト」だけは判断が古い感じがした。専門用語の範疇になるのかもしれないけど、ウェブサイト全体のことを「ホームページ」(ウェブサイトのスタートページ)という、意味としては誤った言葉を使うことはだんだん減ってきてるはず。

ウェブブラウザを立ち上げたときに表示されるページのことを「ホームページ」と呼んでたのは専門家や愛好家だけがパソコンでインターネットを使い始めた1995年くらいの話じゃないかな。それ以前は多分、ウェブサイトを持って外部に公開している団体は極めて少なかったので、ブラウザのスタートページ(「ポータル」とも呼んでたな)=インターネット全体の「ホームページ」だったのかも。少なくとも1995年頃、インターネットアクセス可能でブラウザを備えた初のOSであるWindows 95が発売された頃には、ウェブサイトの最初のページのことを日本では「ホームページ」と呼ぶようになって、そのへんから一般の人がインターネットを使い始めたので、「現在では「ウェブサイト」のことを「ホームページ」と呼ぶことが多くなってきています」というのは2000年くらいの記事ならまだしも、2023年の今にはそぐわない。

「日本国内ではインターネットの利用が拡大した時期にウェブサイトのことを「ホームページ」と呼ぶ「意味の拡大現象」が定着し、現在も広く使われています」のように書いてほしかったな。大昔のパソコン用語辞典を元ネタとして何冊か引いてるけど、専門用語辞典と国語辞典の扱いを同じにするのはおかしな話。医学でも金融でも何でも、ほぼ定着した専門用語が一般に誤用されているケースはあるけど、誤用は正して放送することが多いはず。なんでコンピューターだけ「ホームページ」を許すんだろうな。いまどきコンピューター関連の書籍やネット記事でウェブサイトを「ホームページ」って呼んでるものは皆無なのに。ここだけ、次の版からでも直してほしいと思ってしまった・・・。

小川哲「地図と拳」971冊目

大河ドラマだった~~。

満州国っていう、日本の中枢にいた昔の人が勝手に夢みた国の歴史をたぐり、こんなことやあんなことがあったんじゃないかと想像して書かれた物語だった。

数々の窮地を逃れてきた主人公が、ふいに没する場面がちょくちょくある。年代で区切られた章ごとに主人公が交代し、いなくなった誰かの場所を埋める若い人物が現れる。”推し”になれそうな人物が何人もいるから、長丁場の連続ドラマや映画に向いてると思う。

戦争や国益といった大きなものを念頭に置いていても、常に目の前にあることでその時の判断を下すんだよな、人間は。

実際にそこにいた人が共感するのかどうか全然わからないけど、初めて満州ってところのイメージを持てた気がします。

書くのにすごいエネルギーが要ったと思うけど(地図の作成や、地図にない島が書かれたいきさつの調査のように)、読むほうも魂を持ってかれる大作でした。