出井康博「移民クライシス」1052冊目

”偽装留学生”や技能実習生が日本でさいなまれている問題について、まずこの本を読んでおけと言われて読んでみました。ほんとに、複数の問題をそれぞれ周到に取材して掘り下げた、読み応えのある本でした。ボリュームの割に中身が詰まっています。

日本語教師(ボランティアと非常勤講師という、この本にも書かれてるようにきびしい立場)としていくつかの国の人たちと話す機会はあるけど、これほどの本音は聞けてない。彼らの日本語力の問題もあるし、彼ら自身が問題や原因を把握しきれてないのもあるだろう。「自分の国の人間は信用できない」という言葉を聞いたことがある。それは、まだ日本の悪い人のことを知らないからだ。日本の悪い人のほうが周到にいい人のように振舞ってるんじゃないかな。

奇しくも今週末から私はハノイに飛ぶ予定。日本語学校や送り出し機関にも行ってみる予定だけど、私に何が発見できるだろう?できるだけのことを観察して、どこかに投稿するつもりなので、がんばります。

 

リンクアップ著「ゼロからはじめるGoogle Meet基本&便利技」1051冊目

Microsoft Teamsに続いてこの本も読んでみました。Google Meetも、「1:1以上の会議を60分以上やる場合、有料版が必要」かつ「無料版ユーザーが招待するセミナーにはGoogleアカウントからしか参加できない」そうです。(私の手元にあるこの本は2021年2月発行なので、ウェブ上の最新情報も確認)

私は主に1:1のオンラインレッスンをやってるので、問題は人数じゃなくて時間や機能制限なんですよね。Google Meetは、さまざまなツールを提供しているGoogleの会議アプリなので、さぞ拡張性がすごいんだろう、と思ったら、それほど他のツールと変わらない印象もあります。Microsoft Teamsほどではないけど、多少高機能な有料版のほうは企業向けなのかな、と思いました。Google Workspaceの会社アカウントもいくつかもらってるので、それを使う手はあるんですけどね。

一度ZOOM有料アカウントを持ってしまうと、あえて他に乗り換えるのって難しいですね。しかし年間1万円を超えるライセンス料は無料のボランティアレッスンをやってる者にはイタイ。割引とか、ないもんかなぁ~~。

 

小川哲「君のクイズ」1050冊目

面白かった。舞台が現代で、おもにクイズ選手権番組の1つの問題を中心にして書かれているので、わりと短い、軽い作品という印象。すくなくとも、前に読んだこの作家の作品、重厚長大な「地図と拳」のことは思い出さなかった、名前は憶えてたのに。

クイズ選手権で、天才肌だけどクイズ歴の短い男と、長年クイズをやりこんできた男が一騎打ちの末、天才肌の彼が勝つ。しかも最後の問題を言い始める前に。

個人的には、私は科目でいうと国語が得意で、営業に行くなら相手のことを調べてから行く、講演をお願いするなら著書を2冊くらいは読んでいく、というのを昔から心がけてるほうなので、買った本庄の”勝ち筋”には見覚えがあった。そもそも記憶力が悪いほうなので、クイズは無理だけど、もしも選手権に出場するとしたら、私もまず番組プロデューサーがどういう番組を作ろうとしているかをねちっこく調べ上げるだろうな。盛り上げるためには、誰か一人だけが答えられるクイズを混ぜる演出をしておく。出場者一人ひとりを調べ上げる。…クイズ選手権は、天才vs天才が、一切の演出のないところで勝負する将棋や囲碁と比べると、そういう意味でずっと御しやすいと思う。

そうなると、何が番組を盛り上げるか?という感覚を鋭く持っている人が強そうだ。テレビ向け、というか。私は根っからのマイナー志向でアングラ志向(というか、私が心底いいと思って推すものはあまり売れない)なので、テレビ向けじゃないんだよなぁ…。審査員を調べ上げて、興業がふるわなくてもキネマ旬報ベストテンを当てる、とかなら可能かもしれないけど、そもそも映画館に足をはこぶのもおっくうだし、選ばれた作品を見るのでせいいっぱいなので、やっぱりそれも実現できないわ。。。。

 

リンクアップ著「ゼロからはじめるMicrosoft Teams基本&便利技」1049冊目

オンラインで日本語を教える際に、Facebook Messenger(ドキュメント共有が不要のとき)かZOOM(共有するとき)を使ってるのですが、それ以外によく使ってるのがGoogle Jamboard。これは主に漢字の書き方(形や書き順)を実際に描かせるときに便利なんですよ。作っておいたプリントを画像にして背景として貼り付けて固定しておくと、生徒に書かせたのを私が赤で直したりできます。書き間違えたらそこだけ消すのも簡単。このJamboardが今年じゅにディスコンしてしまうんだけど、代替アプリとしてGoogleが紹介してるものが知らないものばかりで、しかも高い。ずっと漢字ばかりやるわけじゃないので、絶対必須ではないんだけど。

それに回線の問題もあるんだろうけど、ZOOMがいつも重くて…。ちゃんと「ZOOMを軽くする方法」をググったり本を何冊か読んだりもして、軽量化できるところはしてるのですが、時間によっては、毎日重くなったり動かなくなったりする瞬間があって…。いろいろ考えながら、ZOOM+Jamboardに代わるツールを探し続けています。

Microsoft 365ならライセンスがあるから、Teamsを使えばいいのか?MSのツールだから、ドキュメント共同編集とかもいろいろできるんじゃないかな?と思って読んでみたのがこの本。でも見当違いだったかな…。私の365はFamilyなのでTeamsは付いてない。Teamsが付いてる365はビジネス用だけで、そのために別のEditionにアップグレードしたくはない。そもそもTeamsは同企業内のチームチャットツールであって、その中でビデオ会議もできるよ、という色合いが強いことがこの本を読んでよくわかりました。

オンラインレッスンは基本1:1なので、MS系ならSkypeのほうが適切なのかな。Skypeにもあまり追加機能はないけど。

むしろ学校市場向けに内田洋行とかが出してるような専用ツールとか探した方がいいんだろうか。あるいは、日本はともかくUSとかにはオンライン個人レッスンに特化した気の利いたツールがすでに存在したりしないだろうか。これほんと、なかなか難しいんですよね~~~。誰か作ってくれないかなぁ~~。まじで。

ハーラン・レイン「善意の仮面:聴能主義とろう文化の闘い」1048冊目

けっこう怖い本でした。耳が聞こえない、というか、音のない人々は「障がい者」なのか、という根源的な前提がグラグラになります。彼らが”障がい者”でないのなら、他の”障がい者”のなかにも”障がい者”ではない人がいるのか。視界を持たない人、下肢を持たない人も、不自由ではあっても、継続的なケアを要する症状がなければ彼らと同じカテゴリーでもいいのかもしれない。でも、いわゆる「五体満足」(あるいはマジョリティ)と重要な部分で異なっていて、異なる部分に関して専用のケアや仕組みが必要となる人を総称する言葉はあってもいいと思う。それを”障がい”と呼ぶことが、健常者あるいはマジョリティの奢りなので、「デフォルト(従来の「健常者」)」に対して各種オプション「言語:英語、日本語、日本手話、アメリカ手話・・・」、「移動手段:自動車運転可能、公共交通機関のみ、車いす+対応車両」のように具体的に誰でも選べるようにすればいいのかも。そうすると、健常者だけをデフォルトと定義するだけで済む。

だいたい、知能も身体能力もピンキリで、手帳の有無だけで何でもわかるわけじゃない。手帳を持っている人を見下すのは最低だけど、持つことを悪用する人も嫌い。すべてのことは一律ではない、ということをよく認識したうえで、あるカテゴリ―に関してこの人のA能力はxxでB能力はXXだ、というふうにカスタマイズするためにだけ、能力の差異をはかるのがいいのかもしれない。

…などと、自分はこれからどういう立場をとるべきか真剣に考えあぐねてしまうような本でした。これを読んだきっかけは、日本語が第二言語(あるいはそれ以上)となる外国ルーツの子どもたちの教育に関するレクチャーを聞いたことで、ろう児と関連付けて第二言語ということを考える上で読んでみたのでした。何を障がいと定義づけるか?とは別次元の部分も多いけど、文化や教育という文脈で話す上では同様にそこにある問題なんだな。

それから、数年前に見た「サウンド・オブ・メタル」という映画のこともずっと思い出しています。ヘヴィメタルバンドのドラマーが突発的難聴になり、人工内耳の手術を受けるけれどそれを使うのを辞めて、長い間の逡巡ののちに手話を学んでろうコミュニティになじんでいく話。人工内耳を再現しようとした、”耳がひどくキーンとなっている状態”のような音がなんとも不快で(うまくできていて)、見た人ならその人工物に違和感を感じられたんじゃないだろうか。そんなこともあるのかーと思って見たんだけど、ろうの子どもにこの手術を強く勧められた聴者の親たちが、考え直すきっかけにきっと多少はなったんじゃないかと思います。

読書の感想ブログに自分の考えばかり書くのはあまりかっこよくないし、読んでくれた方には参考にもならず時間ばかりとらせてしまって申し訳ない気持ちになってしまうのですが、こんなに考えさせてくれるこの本は、歴史に残る重要な本だという気持ちはとても強いのです。

 

テッド・チャン「息吹」1047冊目

この人の文章は、ムダひとつないのに、密度がすごくて、読み進めるのにエネルギーが要る。スムーズに読めてわかりやすいのに、立ち止まって味わってから先に進みたくなる。寡作だから、あわてて読むのが勿体ない、という気持ちもあるかな。

コンピューターや宇宙が登場するとはかぎらないのに、まさしくサイエンス・フィクションである、という点も一貫してるけど、常に中心にあるのは「人間とは」、だと思う。カズオ・イシグロとかもそうだけど、科学を使ったりしてエクストリームな状態にした「場」に人間を放り込むと、何を考えてどう行動するか、という神様の箱庭のような小説なんですよね。めちゃくちゃ頭がいい、考え抜く脳の体力がすごい、だけでなく、同じ倫理観がどの作品をも貫いている、という点もすごい。何か、宗教みたいな確かなものに出会って、寄りかかっていられるような落ち着きが、心の中に生まれる。

映画「メッセージ」が好きで、その原作「あなたの人生の物語」も大好きで、最初の作品集は英語版を買ってみたけど全然読み進めなかった・・・。翻訳者も書いてるけど、15年以内に次の作品集が読めるといいな。私まだ生きてるかな・・・。

 

村田喜代子・木下晋「存在を抱く」1046冊目

なかなか異色の対談書でした。村田喜代子佐藤正午と並んで、この30年以上愛読している「文章の達人」。達人となるためには推敲に推敲を重ねる必要がありますが、この本は「文字起こし」そのものか?と思われるほど、言いよどみ、一ダイアログのなかの矛盾などに満ちていて、なんだか初めてこの人にリアルに出会えたような気さえします。この振れ幅の大きさ、なんだか興味深くて、ちょっと嬉しくもあります。

対談相手は、表紙絵の作者である木下晋。この人もよく語る人ですね。無口な、植物みたいな人がこういう絵を描くんだろうかと思ったりしたけど、めちゃくちゃ人間臭い。絵に迫力や語りかけてくるものが多すぎて、言葉は必要ないのが普段の作品世界のように思うので、こちらも、描いている人が初めて生き生きと迫ってくるのが楽しい。

でまた、この二人の会話が、全然かみ合っていないような、ぴったりくるような、不思議なバランスです。二人とも語りたいことがたくさんあり、自分の表現で語りたい人だからか、同じ考えに見えることでも相手に「その通り」ということが少なく、言い換えたり否定したり。でもその実、けっこう近いところを交わったり並行しながら進んでいる人たちなんじゃないかな、という感じもありました。

この対談を本にするのはすごく難しかったんじゃないかと想像してしまうのですが、「司会」であり出版元の代表者でもある藤原良雄氏が、話題をあっちに振りこっちに引っ張りしながら、散逸を最小限に食いとどめていくのがまた面白い。

対談の二人の少なくともどちらかに深い興味がなければ、とりとめなく感じる人もいるかもしれません。ファンの方々には、逆に必読の一冊ではないかと思います。