上村裕香「ほくほくおいも党」1161冊目

前作(ヤングケアラーを扱った「救われてんじゃねえよ」)に続いて、痛くて重くて苦しい内容でした。タイトルとは裏腹、というか、この本のなかの当事者たちがおだやかさを夢見てつけた共助グループの名前だからこそ、痛い実態とそれがかけはなれているという事情があります。

宗教二世のことは知ってたけど、活動家二世というカテゴリーもあるんだな、ということを初めて知りました。宗教二世がいれば当然活動家の二世もいるわけで、自分の想像力の範囲の狭さがちょっとはずかしい。”共政党”のモデルとなった、主張がぜんぶ正しくて(ときに正しすぎて)、でもかたよっていて、なんとなく理想ばかり追っている感じのする政党には、実際は声高に何を言うこともなく、地道に長年困っている人をサポートする活動をボランティアで続けている人もたくさんいることを知ってたけど、逆に負の面をここまで見せつけられたのは初めてです。与党のほうが選挙の裏側を追ったドキュメンタリーとかで負の面を追いがちですもんね。知らなかったこと、見えていなかったことを知ることができるのは、いいことだ。

ほんとに、必要だと思う、ほくほくおいも党。なんなら与党活動家(って言わないかもしれない、「政治家」でくくれるのかもしれない)の二世のための共助団体もあったほうがいいのかもしれない。”勝ち組”に巻き込まれることは常に幸せとは限らないし。

不安や痛みって避けて生きられないけど、人によって同じ出来事から得るダメージって全然違うけど、なんとかやさしくゆるめながら、みんな少しでも元気にやっていけるといいと思うんだ。元気でしあわせなときに一番、いいことを思いつくものだしね。

 

 

近藤一博「疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた」1160本目

コロナウイルス感染症の後遺症である疲労にも通じる、疲労”感”の出現やうつ病、その原因物質や、ウイルスとの関連性などについて、この狭い領域の研究を詳細に科学的に書いた本です。

詳細かつ科学的なので、私が読んでもなんとなくわかった気になるだけで、読み終わったあとに「理解度クイズ」とかされたら多分0点なのですが。

けっこう有名なアルツハイマー治療薬「アリセプト」がコロナ後遺症の疲労感改善にも効く、というのは私でも「へえ!」ですが、この本の初版2023年はともかく、2025年の今、検索しても「アリセプト」の効能にコロナ後遺症はありません。医家向け薬剤の発売までには、時間がかかるからな…。

また、研究においてはたとえば「ニコチンがある病気にはよく効く」という実験結果が合っても、煙草は体に悪いという呪文のために研究がその後続けられない、といったことも書かれています。研究ってお金がすごくかかるからなぁ。でも、見込みのある、役に立つ研究を続けることはぜったいに重要なので、ビルゲイツみたいな大富豪がこういうのにもお金を出してくれるといいんじゃないかと思います…。

 

朝井リョウ「何者」1159冊目

だいぶ前に映画を見て、なんかいやな世界だなぁと思って、原作は読まずにいました。最近「あの本読みました?」に出ている著者本人があまりにも好感度高いので、改めてこの有名な作品を原作で、と思い、Audibleで聴いてみました。

会話が自然でおもしろく、どんどん聞いちゃうじゃないですか。(Audibleは、かなり面白い作品でも寝てしまうことが多いのに)この作品も寝入りばなに聞き始めたのですが、聞き入っちゃって夜更かし・寝坊してしまいました。

映画を見たときに感じたような、「なんかいやなやつばかりだなぁ」という感じはなく、誰にでもある感覚をそのまま表現してるんだなと思って聞けたのは、なんでだろう。だから結末にちょっと動揺もした。これって、本を読みながらちょっとえらそうに上から目線で批評してる読者全員、こうやって本の感想を匿名で書いてる私自身、映画を見てとやかく言っている観客全員、にもそのまま打ち返してくるような感覚でもあります。(それで書くのをためらうほど若くはないですよ、映画と本合わせてもう何千本も書いてますから)

人の動向をうかがいながらなんとか自分も勝ち抜こうとモンモンとしている大学生が主人公なので、サワヤカではないんだけど、今は、こんな若い普通の子たちが社会に出るのにあたってこんなにドロドロしなければならないのは、新卒就職の仕組みが間違ってると思うし、彼らより上の世代全体の責任だなと、彼らが気の毒な気がしています。

だって、バブルのときは大学生も大勢いたので、人気企業にはすごい数の学生が集まってきただろうけど、今は大学生自体が少ない一方、企業側の需要はすごく高いのに、どうして「最初の面接で決まる」状況になってないんだ。学生も企業も、情報過多で、もっといい仕事があるんじゃないか、もっといい子が来るんじゃないかと、夢を見るようになってしまったのかな。マスコミが悪いと決めつけるのはかんたんだけど、マスコミほど世相をそのまま映すものもないので、欲張りな世の中が悪いとも言い換えられる。

この小説って、かなりリアリティあるんじゃないかな。

私は会社員をやめて若い人や学生の多い場所に行くようになるまでは、自分の世代のこと以外、ほんとに知らなかった。バブルの頃の私たちが無知で勢いばかりだったのと違って、謙虚で思いやりのある人も多いなとよく思うんだけど、それが競争をあおる社会にすでにもまれた結果だとしたらかわいそうだし申し訳ないです。

 

一人の人が演じてるのに、誰が話してるかちゃんとわかってすごい。

サラ・ベイダー「ペットを愛した人たちがペットロスについて語ったこと」1158冊目

書店内をぷらぷら歩いてたら、たまたま目についた本。先々月わたしも猫をなくしたところなのでタイムリー。本に呼ばれたのかな?

この本は、作家や音楽家などの人たちが、一緒に暮らす犬や猫たちへの愛を語り、それらを失ったときの気持ちをつづった文章を、あちこちから見つけてきてまとめたもの。必ずしも、ペットを失って辛い悲しいということばかり書いてるわけじゃなくて、それぞれの人が自分の大切な動物をどんな気持ちで愛していたかが、人に見せるための文章ではなく、自分とペットとの間でだけ共有するための言葉として書かれています。

「愛」を言葉にするのはものすごく難しい。自分の犬や猫のちょっとした動きに心が動いて、その気持ちをどう表現したらいいか。理解できないとしても相手に伝える言葉がほしい。そうやって古今東西、ペットを愛する人たちはそれぞれ、言葉を探し続けてきたんだと思います。私も、自分は猫を溺愛しすぎててコッケイなのかな、他の人たちは自分の動物をどんな風に思ってるんだろう、私みたいにずぶずぶなのかな、それとも全然違うふうな気持ちなのかな、と思ってたので、この本はとても興味深いものでした。

世の中には、私が買わない高級な洋服を犬に着せてる人や、自分の感覚とは違う名前をペットにつけている人もいます。そういう人たちにとってのペットは、私と自分ちの猫との関係とはちょっと違うのかも、と思ってたけど、この本の中には最高級の服を着た犬も出てきます。見た目や雰囲気はけっこううちとは違うかもしれないけど、みんなバカみたいに自分ちの子たちを溺愛していて、「あ、私と同じ」と思うものもたくさんありました。愛ってなんだかわからないけど、かなり世界共通で、もしそういう気持ちをうまく伝えあうことができたら、世界はもう少し平和でいられるのかもなぁ、と思ったりしました。

 

湯本香樹実「夏の庭 -The Friends-」1157冊目

これもどこかで勧めていた本。主人公たちは小学6年生だけど、無邪気なだけじゃなく大人になり始めていて、中高生、大学生や大人でも十分に楽しめるジュブナイル小説だと思います。

3人の少年たちが「死体を見てみたい」という気持ちで、もうすぐ死ぬんじゃないかと噂されている独居老人の家を覗いているうちに仲良くなり、人生のさまざまなことを学んでいくというストーリーです。こう書くとなんか「スタンド・バイ・ミー」を思い出しますね。(スティーヴン・キングによる原作の原題は「The Body」、これも死体を見に行く話)

ストーリーがそもそも、”常識的な大人”ならチュウチョしそうなテーマだし、小学生男子たちのオバカで無茶苦茶な言動がなんともいえずリアルで、大人の女性が書いた作品だなんて信じられないほどです。語り口がまた、文章の上手な高校生あたりが書いたみたいに、たまらなく素直で、上手に見せようとかかっこいい表現を作ろうとか、読者を驚かせてやろうみたいな腹がまったく感じられません。そういう意図に敏感な子どもでも、何も疑わずに真剣に読みそうな。

この3人、ちゃんといろいろ考えているとはいえ、年齢相応にオバカで、失礼なことやタブーといえそうなことを次々やらかします。むしろ、そういうことしかやらない。そして、それに対する大人たちの叱責、説教、それに続く自分語りなどを受けて、傷つき、反省し、あるいは反発し、悩み、悪夢にさいなまれ、そうやっていくうちに生きる上で必要な知恵をすこーしずつ身に着け、自分なりのものごとの「ものさし」を徐々に育てていきます。この1冊の本のなかに、小さいけど完全な人生のひとかけらがちゃんと収まっているのです。

文章にクセがなく平易で読みやすいのは、語彙や表現も子ども向けに考えて書かれているのでしょうね。とはいえ戦争や老い、当然ながら死、大人たちの離婚や病気、別れなど、重い要素に目を逸らさずまっすぐ見据えていて、心に残る一冊となっていると思います。老若男女どんな人にもお勧めできる本です。

 

王谷晶「完璧じゃない、あたしたち」1156冊目

すごく面白かった。

先日「ババヤガの夜」でダガー賞を受賞した著者の短篇集です。これの初版は2018年、だいぶ前という気がしますが、ババヤガも受賞したのは英語版で、日本では2020年、5年も前に出版されています。ご本人にしてみれば、ババヤガもだいぶ前に書いた作品って感じかもしれませんね。

こちらは、1つ1つに鋭いひらめきが光る短篇集で、エッセイっぽいものからSF、ミステリーっぽいものまで、まったく違うシチュエーション、バラエティに富む登場人物で、いちいち目からうろこが落ちるようです。「ババヤガ」もそういうアイデアの1つにすぎなくて、大変幅の広い書き手だということがわかります。

バイオレンスは(ババヤガに比べれば)比較的マイルドなので読みやすいと思いますが、この本にはLGBTや若干の男性忌避も書かれているので、人によっては読みやすくないかもしれません。

私はババヤガでよく言われる「シスターフッド」と女性同士の恋愛(性愛)の違いがあるのかないのか、いまひとつわからないところがありましたが、”やるかやらないか”は愛情の有無と正の相関関係にあるけど直結するわけではない、という、男女間であっても成り立つ説明をこの本全体でしてもらえたようで、なんとなく納得しています。

そうだよな、私が生涯で一番愛したメスの猫とは、猫なんで肉体的には「くっついて寝る」以上に何もないわけだけど、誰よりも愛し合ってたもんな。(すみません、急に話を落としたつもりはないんですが)

というわけで、最新作も早く読んでみたくなりました。

 

講談社・編「これが最後の仕事になる」1155冊目

これってシリーズもののオムニバスショートショート集らしい。途中の号から読み始めてしまったみたいだけど、とても面白かったです。24人もいる!新進気鋭あるいは中堅に近い作家さんたちが、それぞれめちゃくちゃ頭をひねって生み出した力作揃いです。しかも数ページで終わるものばかりなので、かなり疲れてても、かなり時間がなくても、かなり読書が苦手でも、さらさらと読める。これは企画者の勝ちだな。この連作を生んだメフィストリーダーズクラブ、ちょっと興味が出てきました…。