そうか、「水車小屋のネネ」を書いた人か。あの本は好きだった。水車小屋のある世界が。そして「君はそいつらより永遠に若い」も、胸をチクチクと刺されながら静かに見た。
この本の表題作、芥川賞を受賞した「ポトスライムの舟」は、解説に書かれていたように、べったりとした私小説にならず、ちょっと自嘲的に見えるような苗字カタカナ書きの、一人称なのか三人称なのかはっきりしない呼称で、視点をぼかしたまま進みます。この世界では、工場勤務と友人のカフェの手伝い、パソコン教室の講師、という3つの仕事をかけもちで続けて、自分が疲弊していることに気づかない、まだ若い女性が主役。彼女が母と二人で暮らす広い家には、困り果てた友人が来てしばらく暮らしたりする。この世界もまた、ゆるく優しくてしずか。ほんとに、みんなこんな風に優しく過ごせばいいのに。
一方でもうひとつの収録策「十二月の窓辺」は痛い。ひどいパワハラで、クビにならないのが不思議なほどの上司に、執拗にいじめられる女性がいて、何を言われても自分を責める方向にしか考えがいかない。同じ目にあったことはないけど、これ私?と思いながら読む人も多いんじゃないかな。自己肯定感が低いまま大人になってしまうと、誰かに怒鳴られてまず、そうか、と思う。助かるには逃げる以外に方法はない。自己肯定感の低さは、危機管理能力にもつながるんだけど、どこの会社のどこの上司も、根拠のない自信で堂々としている者を重用しがちなんじゃないかと思う。たぶんみんな自分の判断力に自信がないから、それっぽいものを選ぶんだろう。
加害者には被害者の痛みがわからない。たいがいの人が、自分こそ被害者だと思ってたりする。自分の気持ちも考えてくれない人には何を言ってもいいと思っている。イメージの中の自分はまだ小さい子どもで、怒鳴る相手は無神経な大きな大人、かもしれない。相手は話してもわからないし、周囲の人は自分を守り続けたいと思っている。とどまれ、がんばれ、と説得を試みる人たちをそのまま置いといて、すぐに逃げろ。その不毛なレースから一刻も早く降りろ。






