小池真理子「恋」78

わたしの父はわたしの何倍も読書家なので、田舎に帰る度に、本の山の中から何冊か抜いて、田舎の退屈な夜に読んだり、帰りの電車や飛行機の中で読みふけったりする。

今回はダンボール3個分も文庫本がたまってた。女性の作家を中心に何冊か持ってきた中で、なんとなく読み始めたのがこれ。夕ご飯を外で食べて帰ってきてから、寝るまでの3時間で読んでしまった。読みながら、こりゃまずいのを選んだと思って、ホテルのバーでいっぱいひっかけよう、と出かけてみたんだけど、ざわざわした賑やかさを求めて行ったのに客がいなかったので、すぐ帰ってきてまた続きを読んだ。

どう「まずい」かというと、主人公の殺人犯の女性の心のなかの虚無が、本から自分にしみだしてくるような感じがするのだ。

孤独な女子大生が、享楽的で美しい助教授夫妻のペットのような存在になり、初めて満ち足りた気分を味わう。その関係を壊す若い男が現れ、彼女はさまざまな葛藤を経てその男を射殺する。長い獄中生活の後に出所した彼女をルポライターが追い、死期を悟った彼女がやっと語った状況を、後にルポライターが語る・・・というあらすじです。こんな筋をここで書いても、この本のすごさは読まなければわからない。女性ならではの精緻な筆致、心理描写、ってのが重くずんずんと胸に迫ってきます。

読みながらずっと「おそろしい、自分がこの人じゃなくてよかった」って思ってた。つまり作家の勝ちです。そこまで実在の人間として迫ってくる。で、救いのない物語だけど、最後にはささやかな救いのようなものも、かすかに与えられる。同じ女性でも桐野夏生ならぜったい死体をさらすような冷たさで終わるけど、この人には人間のおろかさに対する理解のようなものが感じられる。

それでもなお、たまにはこういうのも読まねばと思う。

今日のところは、以上。