山口雅也「生ける屍の死」181

この本ずっと読みたかったの。読者ランキングとかで1位2位という名作らしい。

主人公は「革ジャンと革パン、安全ピンだらけのTシャツを着たパンク探偵(苦笑)」ってシド&ナンシーかよ。細田和也「作家の値打ち」で激賞された作品ですが、このベタベタな設定が彼の言う「通俗的」でなく新しいのだとしたら、ワイド劇場とかでやってるベタベタな芸者探偵とか女子高生探偵とかも新しいのか。ここは若干読者をバカにしてる感じがありますが、私以外はパンクに思い入れがないからいいのか・・・。

まず感想としては、とても面白かったです。ミステリー好きなら一度読むといい。ミステリー好きなら。ミステリー好きとは、トリックが大好きで密室が大好きで犯人当てが大好きで、たいがいのトリックはもう読み飽きていて、最後の章で矛盾だらけになるのが許せない人ってこと。

この本、評価がすごく分かれてるようで、そういう「数寄者」は高得点をつけるけど、通りすがりの読者は緻密に構築された世界観を土台として読めなくて面倒くさくなるようです。作者が物知りでウンチクが多いのも気になるかも。

エンバーミングアメリカ式死化粧)がポイントになるので舞台はアメリカだけど、作家は多分英国フェチで、まったくもってクリスティでも読んでる感じの翻訳っぽさ。

内容は、新しい謎解きを提供するための新しい枠組み(つまり、死者がわりとよくよみがえったりしちゃう世界。現実と違うのはそこだけ)を想定することに少なくとも700ページ近いこの本の半分を割いてる。謎解きはショートショートでもできるので、この300ページ超がまどろっこしいという読者の気持ちはわかる。たとえば、死者がよみがえってても生者が気付かない、という前提を固めるために舞台がアメリカの葬儀社でエンバーミングの技能者がわらわら出てくる。日本的死生観を語らせるために主人公がハーフであるという家系図が長々と説明される。etc。

この人の作品ちゃんと読んだことないんだけど、「探偵Xからの挑戦状」の彼の回でもこの本でも、トリックはことさら新奇ではない。これだけのボリュームと設定があれば、クリスティなら最後に感動までさせてくれたわ、とか言うとこの作家はきっと歯ぎしりするんだろうなぁ。そういうのを狙った大作って感じがする。早稲田ミステリ研究会出身で、ミステリ評論家から作家に転身したという人なので、自分を見る目が厳しくて知識も豊富、たぶん「自分の敵は自分」という人だと思う。だから論理の破たんがなく、伏線使いも見事。私もすごいもの読んだなぁ、と感心してるんだけど、こう挑戦的だとこっちもなにか皮肉のひとつも言いたくなるわけです。

ストレスをミステリーで紛らす生活はまだ続きます。