ダナ・フレンチ「悪意の森」上・下182

アイルランドの作家の2007年のデビュー作。US、UK、IREで数々の賞を受賞したと帯に書いてあるので、ためしに買ってみました。

「森」は精神の深淵の象徴でもあり、最初から心理描写が中心なので、読んでいて息苦しくなってしまうんだけど、デビュー作とは思えない人間洞察と描写力で、たしかに力作でした。

テーマ:"12歳の2人の少年と1人の少女が森で行方不明になり、1人だけが発見されたが記憶をすべて失っていた"・・・これをどうミステリーに仕上げるか?

この著者は、生き残った1人の少年のその後の人生を描くことにしました。彼は転居し、名前を変えて寄宿舎制の学校に入り、"他にすることがなかったので"刑事になります。失われていた記憶がよみがえることはずっとなかったのに、その森でよく似た事件が新たに起こり、少しずつそれが彼の精神に影響していく・・・。

ミステリーとしての謎解きや犯人探しもありますが、著者の興味は人間。幼なじみ3人で探検しつくした森の中で、人生の最高の瞬間を謳歌していたときに時が止まってしまった、ということが、人にどう影響するのか?・・・しかし彼の精神が乱れるのは、過去の記憶の影響だけではなくて、誰でも落ちる可能性のある罠も出てくるし、決して「特別な経験をした人に特別な問題が起こる」という結論をゴールに描かれている感じではありません。ふつうの日本の男性の2人に1人くらいは落ちるだろうな・・・くらいの感じ。

残虐な殺戮が続くとか、サイコパスの内面を深堀りするとか、オカルトや超常現象が出てくる、系のミステリではないことが途中でわかってくると、楽に息ができるようになってくるし、主人公の相棒のキャシーが明るくて暖かい魅力的なキャラクターです。・・・犯人とか結末とか書けないので奥歯にものがはさまったようですが、読後感もふしぎと悪くないです。

ずっとサイコっぽいミステリーを書くんだったらもう読まないかもだけど、テーマによってはまた読んでみたい作家です。以上。