佐藤正午「ジャンプ」188

2000年の作品。デビュー作「永遠の1/2」以来のベストセラーで、2004年には映画化もされたらしい。気づかなかったんだろうか、私。

ストーリーは、(サワリだけでもそそる)出張前日に彼女のアパートに泊まることにした男のために、彼女が朝ごはんのリンゴを買いに近所のコンビニに出かけたが、帰ってこずにそのまま失踪した。・・・彼女はなぜ、どこへ姿を消したのか?

佐藤正午なのでまず何よりも正統的な小説であり、登場人物の心の動きが丁寧に描かれています。(だから読者が、えっそんなの不自然!と思うことがない)しかしミステリーとしても完成度が高く、彼女の足取り(事実関係)をひとつずつ追っかけていき、徐々に男の心の動き(内面的なもの)と、最後には彼女の心の動きも明かされる。人の心の動きに無理がないと思わせられる作家なら、数々の伏線から種明かしに至る事実関係の推移も、自然に感じさせることができるわけです。

当時は彼女が失踪をする勇気が注目されたり、そうやってすれ違ってしまうものなのよね、男と女・・・みたいな印象をもった人が多かったようなことがネット検索や書評を見るとわかります。私は「本当にほしいものであれば何としてでも追っかけないと手に入らない」と読みました。たとえば最後に勝つ者は、それだけその対象に強い執着を持っていた。最後にその状態をそのまま保つことを判断した者は、5年のあいだにその状態に執着を感じるようになっていた。失踪当時、彼女と彼は付き合い始めて半年、まだ苗字に「さん」づけで彼女は彼を呼んでいる、彼のほうもまだ彼女との関係に確信をもっているわけではない・・・そのくらいの浅い結びつきであるという設定が、このすれ違いドラマをリアルにしているのですね。

ストーリーを思いついてからこの作品を完成するまでに、作家はどのように考えてどのように推敲していったんでしょうね。読めば読むほど細かいところまで行き届いていて、作家の意図が滲み出してくる、よくできた小説の見本のような作品です。

ひとつだけ文句をいうと、タイトルは私はあんまりいいと思わないなぁ・・・。

以上。