吉田修一「東京湾景」306冊目

小説を読むということは、特に意味もなくスマホのゲームをやり続けるのと同じくらい、自分にとっては“やすやすとできて楽しいから、ついつい溺れてしまうこと”のひとつです。だから小説ばかり読まないように気をつけていた時期もありました。

最近は中毒のように映画ばかり見ていたので、本を読むなんてそんな面倒なこと今さら…という気持ちになってましたが、試しに読み始めてみたら、昔と同じようにどんどん読み進んでしまいますね。これからしばらく、また図書館通いしようかな。

さてこの本、「初恋温泉」より面白かった。こちらは長編。

ガテン系の若い男性と、出会い系サイトで知り合った、普通っぽい女性との恋愛。

彼は正直で不器用で、少し衝動的なところがあるけど優しい男。

彼女は仕事も恋愛もしてるけど、“何も楽しいと思えなくて本当にきつい、と言って死んでしまった友達に似ている”と描写される。

という、その後の「悪人」につながっていきそうな設定があります。

この二人の人物像がなんとも引きつけます。空しいようで、胸の奥に熱いものを秘めているようで。

反感でなく共感を呼ぶのは、彼らのなかの熱いものがなにかまっすぐだからかな。自分がうまくいってないとか考えないし、なにも世の中や他人のせいにしない。おずおずとだけど、人とふれあおうとする。二人が出会ってからは、なんとなく化学反応が起きて、彼らも周囲も変わり始める。彼女は会社を休みがちになり、彼の元カノがおかしくなってくる。…この小説が終わった時点では、まだそれがハッピーエンドに終わるんじゃないか、という期待感も残っていて、これから彼らはどうなるんだろう、と気になって仕方ありません。それがこの作家の力量なんだろうな、と思います。

いいなーこういう感覚。読み終わってまた小説読みたいなーと思う感じ。もうしばらく読みふけってみよう。