萩尾望都「トーマの心臓」624冊目

少年期のたかだか1年くらいの間だけ愛した少年の、当人がまったく気づいていない事情のために、自分を投げ出すというのは、高僧が通りすがりの飢えた虎にやすやすと自分の身体を投げ与えるのと同じくらい、簡単すぎる。そこまでの”至高の愛”をど真ん中に据えた長編の物語を少女向けのまんがで描こうという志の高さに圧倒されます。

信仰そのものを描いた名作が遠藤周作「沈黙」だとしたら、これは愛そのものを限界までつきつめるとどうなるか、という点を深く掘り下げた名作ですね。多分私がこれを10代の頃にもし読んでいても、「トーマ美しいけどやりすぎ」とか「ユーリもてすぎ」とか思って終わっただろうと思う。最後にもっとも罪深い(と自分自身で感じている)ユーリの行先として神学校を選ばせたのは、他がありえない唯一の選択肢だと思うし、27歳のまんが家の人間洞察や理解の深さに、またまた圧倒されます。

もう手を合わせて拝むしかありません。ありがたいもの読ませていただきました。

(描かれたのは1974年。1995年9月1日発行 700円)

トーマの心臓 (小学館文庫)

トーマの心臓 (小学館文庫)