村田喜代子「偏愛ムラタ美術館【発掘篇】」917冊目

敬愛する村田先生の美術もの、3冊目。書かれたのは2番目かな。【展開編】を読んだ1年前は、アートに食傷して「No art, no life」しか見なくなってた時期でした。その後、建築から再開し、最近は美術館にもたまには行くようになったけど、毎月上野に出かけていくほどではないな。

この本では、著者がたまたま目に止めた絵画を取り上げていて、その視点も作品自体もとても面白かったです。

素人画家だった元船乗りのアルフレッド・ウォリス、芽の出たじゃがいもを細密に描いた瀬戸照、シルクロードを描いた後に竹林の暗闇も描いた甲斐大作、世界で最初の壁画、ぶっとい黒の線で絵を描いた横山操、黒澤明が描いた映画の絵コンテ、でたらめな縮尺で地図を描いた吉田初三郎、どこか暗い高橋由一、実は死にとりつかれていたかのような熊谷守一、さまざまな画家が描いた奇妙にねじくれた樹木、水越松南の「老天使」、チェルノブイリ事故後の立ち入り禁止区域を描いた貝原浩、合掌した手を描いた木下晋、閉塞感のあった松本竣介、水彩で夕焼け雲を描いたエミール・ノルデ、悪相の幼児を描いた片山健

ここまで深く作品を感じ、洞察してもらえたら、画家たちも本望だろうな。一人だけ画家じゃない黒澤明がいて、「鍋の中」を読んだあとで「八月のラプソディ」を見て「原作だというのは見間違いだろうか」と思った私も原作者と近い感覚を持ったのを覚えています。「夢」を見たときも、映像のインパクトはそれほどでもないけど監督が持ったイメージはもっともっと巨大だったんじゃないかと思った。それを裏付けるような強烈な絵コンテを見ることができて、長年の謎が解けた気分です。