村上春樹「街とその不確かな壁」935冊目

<ネタバレあります!注意!>

「1Q84」や「騎士団長殺し」みたいな冒険活劇をなんとなく期待してたら、静かな物語でした。ぐいぐい引っ張られて徹夜!ということはなく、淡々と少しずつ、5日かけて読みましたが、しみじみと温かい、なんかいい話でした。最近のこの方の作品は、巨悪たる”システム”とか底のない悪意とかがあまり出てこなくなってきて、昔より安心して読める気がします。バグパイプ奏者みたいな服装の子易さん、みんな好きだよね?

あとがきで著者は(以下引用)”ホルヘ・ルイス・ボルヘスが言ったように、一人の作家が一生のうちに真摯に語ることができる物語は、基本的に数が限られている。我々はその限られた数のモチーフを、手を変え品を変え、さまざまな形に書き換えていくだけなのだ”と書いています。つまり再話を繰り返しているという意味かな?突然消えてしまう高校生の彼女は「ノルウェイの森」の直子と重なるし、司書の添田さんは「1Q84」の青豆みたいに有能で、名のないコーヒーショップの女性は・・・以前よく出てきていた、地方で働く感じのいい、主人公と寝ることになる女性のタイプだ。

ものすごく端的に言ってしまうと、若い頃に突然うしなわれた愛しい少女をめぐって、彼女を失わせた”悪”と、彼女を追いつづける自分の物語を再話し続けているように思えます。各作品がそれぞれ、緻密な世界観の上に構築されていることや、主人公は基本的に弱気なことも共通していて、神の手のひらの上で気持ちよく転がされるように、読者はその世界の中へ沈み込んでいきます。

ボルヘスのほかに文中ではガルシア・マルケスにも触れてます。幽霊が日常のなかに普通に出てくるマジックリアリズム、という文脈と、「コレラの時代の愛」がコロナ禍の今と通じるって話だっけ。私も南米の作家ってなんともいえず肌が合って大好きなんだけど、村上春樹ってひとはアメリカ文学が好きなのかと思ってました。チャンドラーとかヘミングウェイとかサリンジャーとか。いやそんな、私より読書の幅が狭いなんてことあるわけないか!

なかなか本を買わない私でも、常に初版買って読んでる村上春樹の新作。だんだん彼の世界が今の私たちの世界に近づいてきている気がしました。