ポール・オースター「闇の中の男」1059冊目

<結末にふれています>

これも「あの本、読みました?」から。新刊書ってたくさんありすぎて…。若いころは、好きな2,3人の作家か、たまたま図書館に入荷したばかりの、まだ人気がそれほどない若い作家の作品を読んでました。今は新刊書も買えるし図書館の予約システムが便利になって、山のように新刊書や人気書を読んでる、だけど全く追い付かない。これだけ読んでれば、やがて遅れを取り戻せるんじゃないかと思ったけど、ずっと足踏みしてるみたい。そして逆に、図書館で新入荷の翻訳書をぶらぶら見繕うことをしなくなった。ミステリーなら「このミス」とかで新しい作家と出会えるけど、文芸書の場合、ノーベル賞を受賞してくれても全部は読めない、という有様。だからあの番組は今私のすごく有用な読書リソースとなっています。

この作品は、ものすごく端的にいってしまうと、アメリカの作家が911という事件を受けて書いた作品の一つ。そのジャンルでいうと私はジョナサン・サフラン・フォア「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」しか読んでないけど、共通する深いかなしみを感じました。韓国の人の作るもの(本はあまり読んでないので映画とか)にもよく、通奏低音のようなかなしみ、あきらめ(それをハンと呼ぶんだろうか)を感じるけど、それとも少し違う、しっかりとした核をもちつつ、反戦作家のかなしみは、反撃に向かわず立ち止まっている。

作品の中の老作家は歩くこともままならず、家の中で孫娘と眠れない夜を過ごしている。夜な夜な夢想する彼の物語の中では、911の起こらなかったパラレルアメリカで、ある日突然、青年が暗殺の任を受ける。…その”劇中劇”というか”作中作”の暗殺ターゲットは実は老作家自身で、そんな夢想をする彼の事情は最後の最後にやっと明かされる。彼と孫娘が共有しているトラウマ、痛み、悲しみの理由は、ある青年を戦地に行かせてしまった、止められなかったことだった。彼がその後どんな形で命を落としたかまではここには書きません。

戦争とかテロリズムは大きすぎて、「把握した!」と思うのは難しいけど、その国のひとつの家庭のなかで何が壊れたか、壊れたままどうやって暮らしているか、を描くことで、普遍的なものが見えてくることもあるんだと思う。そうだろうな。悪夢を何日も何日も見続けるだろうな。苦しくて逃げられなくて、どんどん弱っていく一方で、ほんの少しずつ記憶が薄れていって、忘れてしまう自分をまた責めたりするんだ。そういうサイクルを何度も何度も、何年も何年も繰り返して、”その事件”がおとぎ話みたいに遠くなるまで持ちこたえられたら、その後はやっと少しずつ楽になっていく。

この作品は一番苦しい状態のまま終わる。読んでいる人は、ああそれは辛いなと思うのか、それとも、うんうんわかるよ、と共感するのか。もう甘ったるい夢で終わるような小説は読みたくない、と思ってる人向けの作品だけど、結末の甘さかげんなんて、買うときにはわからない。これを読むことで共感を得られる、犯罪被害者や家族もいると思う…なんらかのきっかけで目を止めることがあるといいなと思います。