これは紙で読みました。今回の恩田陸はバレエの世界を描いているとのこと。ピアニストのコンクールを描いた「蜜蜂と遠雷」が好きだったので期待して読みました。こちらもまた、到底小説という形で表現できると思わなかった、踊る人や振り付ける人、踊るための音楽を作る人や監督する人の頭の中を、美しい文章で描いてくれました。
これはコンクールではなくて、天才的かつ野性的な一人の日本のダンサーを中心に、本人を含むさまざまな人たちが彼について一章ずつ語る形です。有吉佐和子「悪女について」を思い出してしまったけど、語られる天才 萬春(よろず・はる)は、つかみどころがないけれど、無垢な少年なので悪事が暴かれるわけではなく、さまざまな角度から見た彼の魅力があらわになっていく感じです。
なんか、架空の「推し」を愛でるような小説だなぁ。恩田陸って人はきっと、愛する力が強い人なんじゃないかな。素敵な人々に出会うとすぐに恋をして、その人の素敵さをもっともっとよく知りたくなる。彼らを、やわらかい紙でそっとくるむようにして、少しでも彼ららしく美しくいられるように、大切に守ろうとする。…という気持ちが伝わってきます。
この本の場合、「蜜蜂と遠雷」より長い期間を描いていることもあり、「春」のちょっと独特な性愛についても描かれています。この辺は人によってはびっくりするかもしれません。架空の推しならどういう人をどんな風に愛するだろう、どんな人からどんな風に愛されるだろう。を想像して、それが何であっても彼らしいものとして受け入れる。書きながらそんな思考プロセスもあるんだろうか。
私が知っている男性バレエダンサーなんて何人もいないけど、それぞれの神々しさを思い浮かべながらうっとりと読みました。