加藤シゲアキ「なれのはて」1083冊目

<後半のストーリーにふれています>

3年前に「オルタネート」を読んだとき、予想外に本格的な書き手だ、この後直木賞候補とかになってほしい、と書いてました。あの小説の印象は、全体的にはジュブナイル小説のように思えたけど、「なれのはて」は実に力の入った読み応えのある大作でした。今この人に直木賞をあげるのがいいのか?というと、まだ次がある、もっとすごいのが絶対出てくるから急がなくてもいい、という予感がします。

書き手に、社会を知りたいという気持ちの強さと、普通の人々、特に立場の弱い人たちに対する熱い思いを感じます。悪に対抗する気持ちもあるけど、強すぎて理不尽な怒りになることはない。長編小説をまとめるのに必須なバランス感覚が、小説内の道徳観の中にも見て取れます。

もう「アイドルが書いた小説」って言う必要はないですよね。地道な取材や調査をして、地方の刑事にも家政婦にもリアリティをもたせています。ただ、どこか、そういうディテールをほんの1ミリ盛りすぎてる感じはある?なんとなく、次の小説ではきっと全体がもっと枯れてなじんで、読む私の中にストーリーの「うねり」みたいな熱いものが生まれることを予感します。

<以下ネタバレです、ご注意ください>

道生は傑に何をしたのか?それは、”あの女性の祖母”にしたように、弱っているものへのいたわりだったのではないのか?ということは、明確にほのめかされてもいません。(読者は流れで「そうに違いない」と思うかも。私も思った)こういう部分の描き方が繊細で、お涙ちょうだいとか都合のいいこじつけのようなネガティブな印象がないです。道生の後年のあり方は「裸の大将」みたいでもあるけどわざとらしくない。うまいです。でも、もしかしたら、繊細に細部を詰めた分、全体のダイナミックさがもう少し出せなかったのかも。

それにしても、とても力のある人で、道徳観や人間観のバランスも好きなので、アイドルかどうかは忘れて今後も読んでいきたい作家です。この著者に限らず、本業を持ちながら力作を書き続ける作家の方々に改めて敬意を表したいです。