井上先斗「イッツ・ダ・ボム」1090冊目

面白かった。ちょっと仕事が暇になって、本を読む時間はある。でも読みたい本が手元に何冊も溜まってる。こういうときに急ぐ気持ちで本を読んでも、その世界にちゃんと入れずに字面だけを追ってしまう…でもこの本の文体はとても簡潔で硬質で、ふらふらと読み始めても頭がシャキッとしてくるようでした。

川崎で生まれ育ったラップグループを取り上げたノンフィクション小説を読んだのを思い出して、そういうヒップホップな出自の人が書いたのかな。著者の地元が川崎らしいので、リアルにこのカルチャーを感じていたのかなと想像します。

でも、アートやカルチャーにおぼれて現実を見失う本じゃないんです。そこがすごく好き。大人になっても、器物損壊はダメだとか言わずに、いくつになっても反抗する少年のつもりでいてはダメだ。というようなことを登場人物が言う場面があって、そうなんだよと大きくうなずいてしまった。お前らは尾崎豊と同じ世代かもしれないけど、いくつまで学校の窓ガラスを割って回るような気分でいるんだよ、自分の子どもたちにちゃんと善悪を教えてやってるのかよ、とか誰かに向かって言ってみたいくらいだ。(※特定の人をイメージしてるわけではありません。ほんとに)

設定や表現の話をすべて置いといても、ミステリーとしても、人の生きる物語としても、読みごたえをじっくりと感じたのは、アートにしてもグラフィティにしても、外側からひとごととして見ていないからかな。「自己表現」のようなあいまいな言葉を使わず、「自分はここにいるという叫び」みたいな言い方をする。だから読んでいると、自分とは遠い距離にあるように見えた「ライター」たちが知り合いみたいに身近に思えてくる。しまいにTEELが自分自身のように感じられてくる。相手に対する敵愾心のようなものが、自分のなかで昇華されていく。

テレビドラマや邦画を見てると、単純な二項対立とか安易なカタルシスとかを見せられてヘキエキすることがちょくちょくあるけど、最近の小説には「深い」と感じるものも多いです。いいもの読ませていただきました。