プーシキン「スペードの女王・ベールキン物語」1095冊目

スペードの女王」は単発だけど「ベールキン物語」はベールキン氏が各地方のさまざまな年齢、職業の人々から聞いて集めた物語集という体裁。(アンデルセンみたいな)感想をいうと、面白かった。…と書きながら、「面白い」にはずいぶんいろんな種類があるなと思う。(「美味しい」も同じだ)この短篇集に登場する主人公たちは、みんなあまりに当然のように”こじらせた”性格、常に頭の中でさまざまな策略をめぐらせていて、およそ”竹を割った性格”の対極のような人ばかり。めんどくさい人々が、深い愛憎に胸を焼かれながら、愚挙をかさねる。その様子が面白くてたまりません。これって悪趣味なのかな。わたしがこの国に対して持つ関心はだいたいこのような感覚なんだけど、これって失礼なんだろうか。

気付いたことは、いくつかの作品でドイツ人やイギリス人が脇役として登場するんだけど、良くも悪くも彼らはすごく目立っていて、地元の人々とは違っている。

ストーリーには必ず「ひねり」があって、策略は失敗することも多いけど、強い思いが伝わってうまくいくことも多い。決して、常にバッドエンドを書く作家ではないです。失敗は成功、成功は失敗につながる。必ずしも因果応報ではないけど、主人公の思いの強さ、策略のリスクの高さで、読み進むのが怖いくらいスリリングです。

Oヘンリーとかロアルド・ダール、ホラーならエドガー・アラン・ポーとか、人間を深く描いた短編の名手の作品を思い出します。プーシキンは1799年生まれで、これらの誰よりも早く生まれているので、もし影響があるとすればプーシキンから彼らへの影響があったかも?ということになりますかね。

個別に書きます。

スペードの女王:カードゲームの賭けに必ず勝てる魔法の数字を知るために策を弄する”ドイツ人”の顛末。面白く、恐ろしく、読みごたえがありました。

ベールキン物語に含まれる「その一発」:名誉を汚されたら決闘を申し込んで良い、という時代の物語。こじらせた大人が、一度挙げた手をおろす難しさ。

「吹雪」:結末に至るまでの展開が、なんともまどろっこしい。あっちに転び、こっちで別の事件が起こり…でも落ち着くところに最後は落ち着きます。発想も面白いけど、このめんどくささも面白い。

「葬儀屋」:生者たちと死者たちの饗宴。現実的な落としどころでほっとします。

「駅長」:結末に至るまでの駅長自身の不覚もあるとはいえ、悲しい物語。

「百姓令嬢」:これが最後でよかった。美しく聡明な(かつ悪戯好きな)田舎の令嬢と王子様的な若者との物語。19世紀ロシアの人々のコミカルな部分や、意外な自由さも味わえる楽しい作品です。