こういう作品だったのか。「あの本、読みました?」で紹介されたときも、本屋大賞受賞のニュースを聞いたときも、もう少し多幸感のある作品だと想像してました。でも読んでみたら、決して、「こうだったらいいのにね/よかったのにね」と思うような、ふわふわとした夢の世界ではなかったです。取り立てて目立つこともない、大きな失敗や喪失ばかり抱えて、それでも優しさを捨てきれない、どこにでもいる人たちが、ただもがいている、ときどき目の前の相手と気持ちが通じ合って涙が流れる、そういう小説でした。だからリアリティがある、というわけではなくて、ちゃんとフィクションなんだけど、私たちの一歩だけ先を行ってる。大事に思っていた人を失ったとき、空っぽになってしまったのは、もともとの穴をその人で蓋してたからだ。と気づいた「あと」の物語。
全然明るくもないけど、特に暗くもない生活を送っている私も、わりと最近、遺言書を作ったり死後事務委任の手続きを片づけたりしたので、とてもよくわかる。重い病気になったり、なんらかの理由で死を覚悟した人もいるだろうけど、冒険を始める前に、後始末をしておきたい人もいる。私は旅先で現地ツアー会社に怪しい小舟や野生動物に載せられそうになったとき、「万が一のことがあったら困るから辞めておこうかな」とためらったりせずに済むために、手続きをしておいたようなもんだ。それに、安定した収入が65歳まで約束されていた会社を辞めたのは、bull shitじゃないjobがやりたいからだし。何も、希望に満ちあふれていなくても、自分をよろこばせる仕事や余暇の過ごし方を選ぶことはできる。
とかいうと、わりとうまくやれてる人みたいだけど、私にはいろんなことを話して苦しみをわかちあえる親しい人はいないかも。柄でもないのに、この小説のなかの春彦(そこにいると周りがあたたかくなるような微笑み)を目指しちゃっていて、本当にきつかった話は誰にもしない。どんなに私に関心を持ってくれている人にも、助けるチャンスを与えない。‥というか、本当に人を助けるのって本を読むほどかんたんじゃなくて、下手なことして傷をえぐられたくないので、相手を見てるって部分もある。自分は薫子やせつなだと思い込んで、薫子の父や母みたいに相手を追い詰める人も多いからな…。
それにしても、お腹のすく小説だ。「卵味噌」はググったら見た目はスクランブルエッグだった。まさか「骨付き肉」を自分で作って食べることもない。でもとりあえず、普通のプリン食べたいな。プリンのおいしい店に、とりあえず食べに行ってみよう…。