小川哲「君が手にするはずだった黄金について」1123冊目

短篇集。「地図と拳」も「君のクイズ」もかなり面白かったけど、「君のクイズ」のほうは、予想していたとおりの流れなのに主人公がオーバーリアクションする感じに少し違和感を感じながら読んだことが心の中に残っていました。頭のいい人の中には、自分以外はばかだと思って、当然だと思えることに、懇切丁寧に説明を加えてくれる人がいるるのかな、とか感じたり。ちゃんと理解してるわけじゃない部分も多いけど、そこは流してくれてもいいし、流してくれたほうが、読者と同じ地面に立ってくれてる気がするし、結末に至ったときに、まるで自分が問題を解いたような気になれて気持ちいいのに。私のこの、理解もせず気分だけで流し読みして安易なカタルシスだけ得ようという読書態度は不誠実きわまりますね…読書は自分にとって娯楽なので、ひっかかりなく楽に読み進めたいという怠けた態度で接してしまっていて、書いてて恥ずかしくなります。

が、この本を読んで、著者自身が「なんとなく当然」という思考回路ではなくて、常に理詰めでものごとを考えるために、自分自身に必要な説明をがっちり書きこんでいるのかもしれない、と思いました。自分が常にそのように誠実に人やものごとに接するので、何一つ黄金など手に入れる努力も才能もない人の欺瞞が直感的に見抜けない、というか、まずはリスペクトしてみる(占い師以外は)。

オーラ占い師、同級生だった片桐、ババという漫画家、という三大インチキがこの短篇集には登場します。インチキなので、短編とこの短篇集のタイトルは「君が手にするはずもなかった黄金について」のほうがいいんじゃないかとずっと感じています。みんなゴールは見えている。黄金と呼んでもいいし成功とか出世とか金持ちとかぜいたくとかデイトナとか。でも自分とそのゴールとの距離も、どうやったら手に入るかも、わからないし分析できないから、手に入ることはない。そこでドラマを見たりアイドルに憧れたりキャバクラに通ったり(あるいは小説を読んだり)して満足する人はたくさんいるけど、そのほかに、一足飛びに自分は黄金を手に入れたかのように振舞う人がいる。プロフィールや名刺の肩書が書ききれないくらい長い人、ちょっとバイトしたことのある有名企業にずっと所属していたように振舞う人、有名人の知り合いのことばかり話したがる人。それほどに「セレブ」というのは魅力的なのか。人のエピソードを漫画にしたり、”占いの館”を運営したりするのは、ファンタジービジネスのプロデューサーという職業として成り立つと思うけど、自分で偽の自分を本当だと思い込める人が一番困る。

で、この短篇集は、コツコツと事実を積み重ねる気質と、平気で話をふくらませる才能とで構築されているようで、いろんな名前で登場する「同級生」や彼女たちの存在をかるく読み流しながら、その中に共通する本物の人物が見えてくるようで見えなくて、読後感がなんともいえずもぞもぞします。他の人はどんな感想を持つのか、私みたいに、楽しみつつもひっかかる読者はどれくらいいるのか、気になります。