「菜食主義者」も美しい作品だけど、かなり痛々しい描写もあって、わりと激しいものを書く人なのかなと思ってました。でもこれは、ただただ美しくて、静か。音のない世界がひろがっています。
ありきたりのもの、雪とかみぞれとか蝶とか白い服とか、そういうものを描写する表現ってもう出尽くしてるんじゃないかと思ってたけど、今自分が幼い子供に戻って、初めて雪を触ったり蝶の動きに気づいたりしているような、ひりひりするような、敏感な状態にワープしてしまったような気持ちになります。全部の表現が、大人の自分が見てるのに、初めて見るように新鮮で。
この製本もいいですよね。白にはいろんな白があって、印刷用紙の場合色だけじゃなくて質感や厚さやインクの乗りもまるで違う。東日本大震災のとき、東北の製紙工場がしばらく稼働できなくなって、語学講座とかのテキストに、いつもと違う紙を使わざるを得なかったことがあって、並べたときにその月だけ目立つ、という状況があったのを思い出しました。それを確信犯的にやったのがこの本。コンテンツの区切りと紙が変わるタイミングは関係なくて、全体として紙が違うことをあじわいながら、別の頭で中身を読む。
この本は、一度読んで共感しても、多分すぐ忘れてしまう。今までになさすぎて、何かとの連想で記憶できない。だから手元に置いて、そういう新鮮な気持ちを思い出すためにときどき取り出して読んでみるのがよさそう。この「今までにない」感じが、世界の人たちにとって新鮮で、ノーベル文学賞っていう決断につながったのかな。
ベストセラー以外の海外の作品を読むのは、翻訳ばかり読んでる私にはなかなかチャンスがないので、エンタメどまんなかじゃないこういう作品を知ることができてほんとによかったなぁと思っています。
