この歳になると、文庫版だと精緻な絵の細部まで味わえないのが残念だけど、今は本より映画よりマンガが読みたい。ということで、マンガ喫茶の在庫検索をしたり、スーパー銭湯で探したりしても見つからなかった名作「わたしは真悟」をTSUTAYAのコミックレンタルで借りてみました。買おうかとも思ったけど、読んでからまた売るより無駄がないし。
感想をいうと、もう熱量があまりにすごくて圧倒されました。きれいな絵を時間をかけて描く人、と思ってたけど、この細かさ、この個性的なタッチ。まず絵がすごいんだけど、ミステリアスなストーリーが徐々に紐解かれていくのにも夢中になってしまいます。
まさか40年も前にコンピューターのネットワークを使うとか、ハッキングして勝手にプログラムを組み込むとか、なんとなく結構リアルな感じで書き切れるなんて。全然SFっぽくないのに。工作機械のアレンジの仕方も、不思議と古びて感じられません。計算する機械とそれらをつなぐことでできることを、直感的に正しく捉えた人だったんだな、と思います。だってAIだ何だと言ってる今だって、将来こんなことができるんじゃないかって人々が話してるのってこのマンガみたいなことだし。
そして何より、さとるとまりんの純愛が美しくて…。”欲”がまだない者どうしの純粋な思いに打たれて、真剣に二人の愛の成就を祈りながら読んでしまいました。
小説の行間からも熱量って伝わってくるけど、映画だとすべてがおぜん立てされすぎて想像できる枠が少ない。でもマンガだと文字の数十倍の熱量を伝える絵があっても、想像の余地が大きく残るところがイマジネーションを刺激します。
この絵、週刊誌サイズで見たかったなぁ。なんで初出よりちっちゃくして出すのが普通になってしまってるんだろう。判型の問題じゃなくて、週刊誌や新聞に載った小説が大きさ半分のフォントで単行本化とか文庫本化されることなんて、ないじゃないですか。
最後に何か、真悟のことを語る人間や記録が見つかって、誰かがそれを解読している…っていう章があるのかな?と期待してたけど、この終わり方にしたのは、意図的なものなんでしょうね。
読み終わって改めて、吉祥寺の偉人 楳図先生が、子どもの純粋な心を大切に大切に持ち続けたことを再認識しました。好奇心が旺盛だからコンピューターや機械が悪だとは思わず、単純に夢中になる。むしろ、誰もが年齢を重ねると邪念でいっぱいの大人になってしまう、そのことを憂いていたのかなと思います。
美しい、素晴らしい作品でした。今から見ると古いものもあるので(黒電話とか当時の日本のふつうの生活とか)翻訳しづらいだろうけど、世界中で高く評価されてるのも納得です。これからしばらくレンタル続けよう。
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