リサ・ガードナー「噤みの家」883冊目

映画ばかり見てると、本を一冊読み切るのってエネルギーとか知力が必要だなと感じる。この本も文庫本で500ページ超。

とても面白かったし、登場人物ひとりひとりに肩入れしたくなる深い造形も、不幸で不運だけど力強く歩いていく姿勢も、とても読み応えがあります。1章ごとに話者を交代させる書き方が生きてます。読者は転がされて、いくら深く読んだつもりでも、最後の最後に著者にしてやられるのも快い。

でも、これって一つの種類の娯楽、アトラクションなのかな。ミステリーを読むのって(それを原作とした映画を見るのも)ちょっと疲れてきた気がします。消費サイクルに乗ってしまっていて、そのことがしんどくなってきた。誰かが推薦するものを片っ端から読む、という読書はそろそろ引退しようかな。。。。

 

安壇美緒「ラブカは静かに弓を持つ」882冊目

JASRAC音楽教室の間のトラブルを元にした小説。だけど全然社会派ではなくて、音楽教室にスパイに行かされたその団体の内向的な職員が、音楽を取り戻し、自分の生きる道に気づくという人間ドラマとして書かれています。

その職員の長身でイケメンで無口で音楽の才能豊かなキャラクターに惹かれるし、音楽教室の反骨精神と人間味あふれる教師や、気のいい仲間たちのこともだんだん好きになる。人間小説として面白いけど、「団体」の描き方はちょっとショッカーみたいじゃない?

その団体がなければ、私が100回カラオケで歌っても、国内外の作詞家も作曲家も使用料を配分できないので(注)、必要悪というより必要な団体がどうあるべきか、今のあり方はよくないんじゃないか、というのが論点のはずなんだよな。単純な二元論って仮想敵の悪口を言うときは楽しいけどね。(注:人が手でお金を集めて計算して配らなければならない時代ではないので、すごいシステムとネットがあれば、今なら団体の手間とか職員数とかは10分の一くらいには減らせたりしないかしら。)

これドラマ化されそうだなぁ。主役は誰がいいかな、町田啓太とか・・・?

 

エマニュエル・ドンガラ「世界が生まれた朝に」881冊目

高野秀行「語学の天才まで一億光年」を読んだら、この本を卒業制作にして最優秀賞を取ったと書いてあったので読んでみました。リアルなのか空想っぽいのか、西欧批判なのか地元批判なのか、はたまたすべてを認めているのか、価値観がひとつでなく移ろっていく不思議な、たくましいのにふわふわした物語です。これがアフリカのマジックリアリズムか。

社会的な部分についていうと、主人公は老人になっても同じ部族で集まる習慣のある世代で、隣の町から来た女性と結婚したくても認められない。でも自分の息子世代の若者は、アフリカン・アメリカンの女性と軽やかに結婚して都会で暮らしている。時代を切り開いて、上の世代に反発して生きてきたのに、最後は老醜と見られるだけなのか・・・。という箇所は、いつの時代にも共通する時代の変化だ。

旅行が好きだったけど、コロナ以降の円安のなかでコンゴに旅することはもうないだろう。遠くの大陸の真ん中に、こんな風に生まれてこんな風に生きた人がいたんだ、(小説にしても)と想像するだけで、世界が広がるようなきがするなぁ・・・。

 

宝樹「三体X」880冊目

面白かったー!(最後のオチがしゃれてたので、読み終わった直後の満足感がすごい)

これが、ファンが書いた二次創作だなんて信じられない。大中国の読書人の層の厚さが怖いくらいだ。宝樹の筆力を支えている知識や経験はどれほどのものなんだろう。

もともと、オリジナル「三体」シリーズは発想が壮大でどんどん展開していくけど、伏線だと思ったものが必ずしも回収されないこともある。それを細かく読み解いて、いちいちオチをつけてくれた。ぶっちゃけ、三体は難しかったので、その解説編としてこの本は私には必要なものだったんじゃないか、とさえ思える。

ファンとして二次創作をするなら、ここまでやれ。ここまでやれるほど原作を深く深く読みこめ。と叱咤激励する作品でもある、かもしれません。

あっぱれです。この人の一次創作作品も読んでみなければ。

 

高野秀行「語学の天才まで一億光年」879冊目

面白かった。この人の本はいつも面白い。冒険ではなく語学に主眼を置いて、今までの冒険を焼き直したような本なので、冒険には興味がないけど語学学習に興味があったり仕事上や学習上の必要のある人が読むかもしれない。(語学教材を作る仕事をしてたときの私とか)

だいぶ過去の冒険本を読んだからか、既視感のある部分も多かったけど、「アヘン王国」も読んだはずなのに最後の章ではすごく笑ってしまった。

それと、この本で初めて気づいたのは、語学学習にしろそれ以外の何にしろ、ものごとを習得するときのアプローチがすごく共感できること。私も動詞の活用を暗記するより辞書を最初から最後まで読もうとか、ふつうに考えると大回りでしかないことから始めてしまう。(でも高野さんは「効率よく学習するための努力」というところが、やみくもにただ辞書を読んだりする私よりずっと方向性が正しい)

50過ぎてしまうともう新しい情報を定着させるのはかなり無理筋なんだけど、こういう本を読むとまたスペイン語に挑戦してみたいなぁなど思ってしまったりする。しかも真剣に暗記学習をする気はない。なので今日も楽しく「旅するためのスペイン語」をただ流して見て、何か1つでも定着するといいなぁとただ思っている。

いつかペドロ・アルモドバル監督の映画が1/3くらいでもわかるようになるといいな・・・。

 

飯間浩明「小説の言葉尻をとらえてみた」878冊目

実際、小説を読んでいると、言葉尻というか枝葉末節に当たる部分の表現が気になることがよくあります。日頃から「なんて文章のうまい作家だろう」と思っている人の使う”珍しい”表現は、昔の言葉だったり、聞きなれた言葉の独自の組み合わせだったりして、私にはなじみのないものがあって、そこが魅力です。

飯間先生がどんな風に読書を楽しみつつ研究しているかが伝わってきて、とても楽しい。でも細かいところをほじくると、書いた小説家本人の弁も聞いてみたくなります。逆に、もう読んだ本でも、まだ読んでいない本でも、多分読むことのない本でも、「黙って本文を読ませてくれよ」という気持ちにもなる。いつものように筋を追いたい私と、飯間先生と一緒に小説世界にダイブしている私と、登場人物の世界にいる私。行ったり来たりでとても忙しい本でした・・・。

 

美濃羽まゆみ「『めんどう』を楽しむ衣食住のレシピノート」877冊目

あまり私が読みそうにない本、と自分でも思う。なんとなく読んでみたくなったのは、フルタイムの仕事を辞めて以来、どんどん油っけが抜けて、華やかな色合いや大きな柄の洋服を着るのが苦痛になってきたからか。(前は滅多に着なくても、あるだけでちょっとウキウキしてたのに)特に努力しなくても、貯めてきたものをためらわないで処分できるようになったし、今よりお金などいろいろなことでプラスにしていかなくてもいい(プラスマイナスゼロか少しマイナスくらいを保てれば)と思うようになったからか。この表紙にあるような自然で素に近い生活って、以前は素敵だなと思って憧れてたけど今は「これなら自分にもできそう」と思う。

それに、こういう生活のほうが、大学生までの自分のイメージに近い。

20代~40代の私って何だったんだろう。誰かと結婚して子どもをうんで育て上げなければ。仕事も「自分はこれをやった」と言えることを達成しなければ。お金は老後工夫すれば困らないくらい貯めなければ。・・・どれも真っ当な目標だけど、もともと怠けるのが好きだったのに、頑張りすぎて、周囲とうまくいかなくなることが多かった。辞めてやっと元に戻った。

でもまだ忙しくて、「お弁当を作る」も「ミシンを買って服を作る」もできない。つい仕事を増やしてしまいそうになるけど、今くらいに抑えて休む時間を持とう。そのうちやりたい楽しそうなことがたくさんあるのもいいもんだ。

「もっと仕事をたくさん手伝うべきだろうか」と話した友人が「今のまま、のらりくらいでいいんじゃない?」と言ってくれて、なんだか気持ちがパッと晴れた。頑張りすぎるのはやめるんだった。そんな風に言ってくれる人を、これからも大事にしよう・・・。