八雲法律事務所・編「インターネット権利侵害の調査マニュアル」595冊目

すごく面白い、ワクワクする本でした。(なんかストレートでない読み方をしてるな、私)こんな学術書みたいな体裁でなく、真っ黒い表紙におどろおどろしいフォントで「インターネットの闇との争いマニュアル」とか名付けて売れば、ネット書店でバカ売れしそうな(だから違うって)。

インターネットが一般市民に降りてきた黎明期には、怪しいサイトもたくさんありました。その怪しさは、私のイメージでは、欧米の大都市や大きな観光地に必ずあるパワーストーン占星術グッズのお店みたいな感じ。今のネット上に多数ある悪いサイトは、あの手この手を使って、要は無関係な人たちからお金をせしめるために構築されています。幸せや愛を夢見て構築されていた非営利の怪しいサイトとはまるで違う、痛いほど現実的な世界。

面白いのは、どんな世界にも私利を極めようと違法な世界を突き進む一派がいる一方で、青筋立ててそれを追い続ける警察側の人たちもあきらめないってところ。いまどきこれほど善悪が明確な世界って少ないんじゃないかと思うくらい。そこにはセキュリティの穴を掘り、自らを偽ることに血道をあげる人たちと、安全で安定したネットを作ろうとしつづける専門家と、人間の善悪を切り分けるのが仕事という警察や検察がいる。一般の人たちはそのどれにもいろんな場面で関わっている。

人間は面白いし、強いのだ。 

 

 

遠野遥「破局」594冊目

若い人の小説らしい、特有のその世代の匂いがあるなぁ。その一方で、癖の強い人物をみごとに描けることから、著者自身がヘンな奴で、自伝的に自分の不運を書いてるんだろうか、と思ってしまうのは、それが事実だからというより著者に筆力があるからかも。だって彼女1も彼女2も、女っぽいイヤらしさや奇妙なところも含めて、完全に生きているから。自分のことしか書けない人には、そういう若い女たちのおかしさをリアルに描くことはできない。

そういう意味で、「手練れに見えない手練れになる」という山田詠美の評に共感します。読んでいて嫌だなぁと思うほどリアルな登場人物を描ける人は構想力も文章力も高いのだ。

この主人公のその後は、通りすがりの人に暴行して大けがを負わせ、警察も来ているので新聞沙汰になって、内定間近だった公務員試験は不合格になる。その後はなかなか人気の出ない予備校教師になるか、大学院に入りなおして弁護士になるか。挫折を乗り越えて目立たないまあまあいい奴になったりするのかもな。と思えるくらい冷静でいたいような、「きっと一生うまくやっていくんだよ!」と思いこむくらい著者に転がされたいような。いずれにしても楽しみな新人です。

高山羽根子「首里の馬」593冊目

文藝春秋を買って読んだだけ。面白かったです。

芥川賞なので端正できれいな起承転結があるのかな、タイトルからすると歴史ものかしら、と思ってたら、現代もので馬も本物だった。個人的には、最初から半分くらいが一番面白かったな。怪しい電話クイズの顧客が具体的に何者かを明かすより、明かさないほうが面白かったし、ちょっとサヨク的な語りもないほうがフィクションとしては私の好みだなぁ(マジックリアリズム推しですから)。

でも、もっともっと面白い世界を見せてくれそうな作家さんだと思います。

堤洋樹 編著「公共施設のしまいかた まちづくりのための自治体資産戦略」592冊目

諸般の事情で読むことになった本。

これは建築というより都市計画、それも公共施設を中心とした都市づくりについて書かれた本です。それってどんな都市計画よりも、どんな建設プロジェクトよりも大変で、最も大勢のステイクホルダーが関わる困難なプロジェクトだろうなと思います。行政の専門家、事務を行う人たち、一般市民、民間企業その他、建築や都市計画に関する知識レベルが0から100までの振れ幅があるでしょう。だからこの本も、専門知識のない人が読んでもわかるように懇切丁寧に書かれています。

しかも、本の後半に書かれている事例の中には、市民を巻き込むブレストに成功したのにもかかわらず、再建築プロジェクト自体はその後実践されたなかった例もあります。

私なんかは、一人の気持ちを気にしながら利害関係が対立している他の人の気持ちまでケアすることなんて無理…と思ってしまうほうなので、私がこのプロジェクトのリーダーじゃなくてよかったと心底思い、かつ、こういう仕事に携わっている人たちを尊敬してしまうのでした…。 

 

ケン・リュウ「生まれ変わり」591冊目

やっぱり面白かった。いくらでも新しいアイデアが出てくる。この人弁護士でソフトウェアデベロッパーだし、IQすごそうだなぁ。SFって、今発見されたばかりの新しい事実や技術の「その先」とか「もっと先」を好きなだけ想像してふくらませることができるから、ビジョナリーにとってはイマジネーションの楽園なんだろうな。法律も科学技術も良く知ってるし歴史も学んでる。ぼんやりとした想像じゃなく(例:僕たちはがんばってるけど政府はむにゃむにゃ…)、頭の中に社会システムと技術でしっかりとした世界が構築できる。

三体パートⅡも日本語訳が出たし、ますます新中国SFが楽しみだなぁ。

 

高野秀行「未来国家ブータン」590冊目

すごく面白かった。秘境好きの人はほぼ100%話が面白い…。それは自分と違うものを心底楽しめるからだよね。ブータンには10数年前、先代の国王の頃にツアーで行って、一生心に残る面白い目の覚めるような旅をしてきたのですが、自分で行くのに匹敵するほどの面白さでした。第一私はいわゆる観光地しか行ってない、ほとんどお酒を飲んでない、ラヤにも東部にも行ってない。(お坊さんばっかりが観客のブータンスタンダップコメディとかブータン唯一のディスコとか行ったけど)

そして、彼は秘境の面白さだけでなく、ブータンっていう国家のクレバーさにしっかり気づきました。確かに私がティンプーで出会った官僚候補の若者たちは、みんな優秀で気立ても良くて本当に有望だった。そして、国王を心から尊敬して敬愛してた。そういう「思い」のパワーは重大なのだ。

 あちこちに旅行していた去年までが、前世みたいに遠く感じられる今日このごろ。次に外国に行けたら、カジュアルに飛び回ってた頃と全然違う感慨がありそうだな。

未来国家ブータン (集英社文庫)

未来国家ブータン (集英社文庫)

  • 作者:高野 秀行
  • 発売日: 2016/06/23
  • メディア: 文庫
 

 

川上弘美「溺レる」589冊目

1990年代っぽい、バブル疲れしてそこから降りたくなった人たちが出てくる作品だなぁ、と、まず思った。地方競輪が舞台の佐藤正午の小説とかさ。 

この人の「センセイの鞄」という本を昔、女友達から読めと渡されたことがある。私がその主人公に似てるんですって。既婚の中年男に執着するうっとおしい女の話だと思った。その友達とはその後疎遠になったくらいで、彼女は私のことなど何一つ知らないし知ろうともしなかったんだなと思った。

しかしそのすぐ前に書かれたこの「溺レる」のほうは、ふしぎと共感できる部分がある。恋愛に不慣れな若いころは、なんとなく言い寄ってきた男とつきあい始めて、始めるとなんとなく離れがたくなったり、ずぶずぶとのめりこんだりするもんだ。そういう、まだ自分の軸を持たない大きい子供のような女の状態がなつかしいように思えてしまう。そう思うのは自分が年を取ったから、相手の中年男に近い気持ちで若い女を見るようになったからかも。

そして不思議に川上弘美村田沙耶香を思わせる。二人とも研究者が顕微鏡を覗くように相手や自分を見てるのが面白い。ミクロでもありマクロでもある乾いた視点。

あと、どうでもいいけど川上弘美って星野源にちょっと似てる。 

溺レる (文春文庫)

溺レる (文春文庫)

  • 作者:川上 弘美
  • 発売日: 2002/09/03
  • メディア: 文庫