高野秀行「西南シルクロードは密林に消える」986冊目

読み終えてタイトルを見ると、なかなか感慨深いなぁ。こういうの「エモい」っていうんですかね?

私も旅行するとき「飛行機で行ける日本のはしっこの島を制覇してみたい」とか「本国と旧植民地をめぐる旅をしてみたい」とか、ごく簡単にできることの中で、何か普通と違ったことをやろうと不必要な工夫とかしてしまうほうなので、シルクロードのなかでもマイナーで未知な西南ルートを行ってみたいという気持ちには共感するけど。でも私は実現するための道のりをわりとクリアに思い浮かべて断念する。この本は読んでてツライ感じもあったな~、自分にはぜったい耐えられなさそうな場面が多くて。体力ないし感染症に弱いし、ストレスにもやられるので、私なら3,4回死んでるかもしれない。

彼に途中から同行していたはずの森清氏、40日間限定で旅に出た会社員の森清氏がどこで戦線を離脱したのか、見逃してしまった。彼がその後無事に会社に戻れたかどうかが気になる。(消耗しきって、読み返すエネルギーはもうない)

井戸川射子「この世の喜びよ」985冊目

”今どきの若い子たち”は、芥川賞受賞作品は読まないけど、本屋大賞受賞作品は喜んで読む、と何かで読みました。これは多分、読まないほうの典型例なんだろう。起承転結が、山でいうと公園の砂場の山くらいの高低差で、ツカミもオチもないしショックも感動もない。じゃあ芥川賞の選考委員は何を評価してるんだろう。率直な素の気持ちを、誰にも似ていない、初めて作文を書く子どものように書くことだろうか。

私はなんか岸政彦の小説を思い出した。読んでると切ないようなわびしいような気持ちになってくるやつ。半径数メートルくらいの狭い世界で、そこを出ていく可能性に触れることもなく続いていく時間が、どんどん濃くなっていくようでちょっと苦しい。一方で、誰にも知られないまま傷ついてそのうち痛くなくなっていくたくさんの傷のことを、今さら優しくなでられてるような感じもある。なんで彼が受賞しないでこの人が受賞するんだろう。私ていどの読者にはわからない深い判断がきっとあるんだと思う。

この作者はこの小説の前に詩集を出してるみたいだ。そっちも読んでみたいな。

 

高野秀行「怪獣記」984冊目

一日一高野秀行

けっこう何冊も読んでるけど本来の本業?といえそうなUMAものは初めて。これ、他の本と比べるとあんまり私には刺さらなかったな・・・。なんでかというと、UMAにあまり興味がないから。私から見ると、UFOもUMAも存在するかしないかわからないもので、いることがわかったら見てみたいけど、確証のない状態の情報は全部スルーしても平気。いつものように大冒険に出かける人々は愉快で読んでて楽しいけど、まぁ読む前から結末はわかってるので、読み通すのに少しエネルギー不足を感じたりもしました。

納豆や言語はテーマとしてすっごく興味あるし、ただの生活(ワセダの三畳下宿)もいい。と考えてくると、この人の本がベストセラーになるには、テーマを一般的なものにすればよかった、その点だけだったんじゃないかという気がしてきます。時間かかったなぁ。

 

高野秀行「ワセダ三畳青春記」983冊目

一日一冊、この人の本を読んでる。

これも面白かったなぁ~。のちに彼の妻となる人が彼の文章を「あなたの書く文章はすごく『粋』よ」と素敵なほめ方をしているように、この人の書くものは、どんなに汚いものを書いても不潔じゃないし、愛があるというほど大げさじゃないけど、誰も傷つけない。絶対気取らないし尾ひれをつけたり盛ったりしないのに、比喩がうまくて笑わせてくれる。私は自分が下手だからかもしれないけど、うまい人の文章を読むのが大好きなんだ。想像だけど、この人も一度書いた文章に何度も推敲を重ねる人なんじゃないかな。そうやって、気取りとか偏りとかを丁寧に直すから、こんなに読みやすくて面白くてイヤミのない文章ができるんじゃないかな。

それにしても私と同世代の彼のこの下宿はすさまじい。私んちも四畳半で風呂トイレ電話共同だったけど、女子だけだったので変な匂いもなければ怒鳴り込んでくる人もいなかった。みんな綿入れ半纏を着てたので、わざわざ私も買ってきたっけ・・・(田舎ではもうちょっと尖ったオシャレな娘だったのに)そうやってコタツで隣の部屋の子と毎晩編み物ばかりしてたあの時代が懐かしいなー。

 

日本推理作家協会編「仕掛けられた罠(ミステリー傑作選)」982冊目

面白かった。アンソロジーっていいな、やっぱり。

最近はベストセラー情報を見たり、文学賞受賞作品を調べたりして、読む小説の幅は昔より広がってるけど、それでも全く知らない作家の作品を読んでみたくなることもあります。

高校までは地元の大きな書店のミステリーとSFの文庫本棚(ほぼハヤカワと創元)の前で座り込んで、今月のお小遣いであとどれとどれが買えるか、何十分も迷ったりしたものでした。小松左京田中光二眉村卓半村良豊田有恒かんべむさし・・・たった1冊のアンソロジーの収録作家を覚えてるくらい、子どもの頃に出会ったものって刷り込みが深い。幼いので、エログロ系のものにはドン引きしたけど、忘れることはありません。(これだけ作家を覚えてるならその本が特定できるんじゃないか?・・・ググったら意外にも集英社から1978年に「ホラーSF傑作選」という本が出ていて、私が読んだのはこれだと確信。その後読みまくった河野典生もこれに入ってたのか)

別の本のことばかり書いてしまいましたが、そういう新しい出会いを求めて読んでみました。ミステリーの場合、密室なのかアリバイなのか動機なのか、注目するポイントでそれぞれアンソロジーが組めるけど、このシリーズは日本推理作家協会が選出した2004年の傑作短編を集めたものらしい。(19年も前だ)。

面白く読んだのに45年前と同じときめきがないのは、私の感受性がだいぶ摩耗してしまって、知識ばかり増えてしまったから。あのときのような感動にいつかまた出会えるかもしれないので、アンソロジーを読み続けようと思います。

高野秀行「間違う力」981冊目

この人の本は全部面白い。ほんとに面白い。この面白さは、ドリフとかひょうきん族とか、バカバカしさの笑い(「ありえない!」)の中で育ってきた人が、どこかにずっと持ち続けて、待ち続けていた面白さじゃないかな?そして、一つ一つ実践して面白くなかった/面白かった、と検証せずにいられない彼は、そんな私たちから見るとギャグマンガの主人公みたいに親しみのわく、身近な”面白いヤツ”。彼の本を読むまで、何十年も忘れてた、子どもの頃のいたずらな気持ちがよみがえってきて、なんともいえず楽しい気分になります。

この本は彼の特定の冒険や特定の分野の挑戦(「語学の天才まで百億光年」みたいに)を取り上げたものではなくて、そんな彼の人生における決断の際のルールに光を当てて具体例を導き出したもの。類似の本を見つけるのは難しいけど、クレージーキャッツの「無責任シリーズ」映画を見たときくらい元気が出ます。開き直れます。

でも著者自身も書いてるように、この本を誰がどういうルートで発見するんだろうか、どこの棚に置いて誰に向けて売るのか?と考えてみると何も思い浮かびません。私が読んだのも、アヘンや納豆の人の他の本だからで、この本を必要としている、悩んでいる社会人に届くのかちょっと心配。ただ、語学という極めて注目度の高い分野でベストセラーが出たので、そっちからやってくる人が今後は多くなるのかもしれません。それでも、この先も一生ずっと、納豆や幻獣、なんならUFOとか財宝とかも探し続けてほしいです。

 

ジェイムズ・リーバンクス「羊飼いの暮らし」980冊目

これも「一万円選書」の一冊。これは読むのに時間がかかった~。エネルギーも必要でした。この表紙にあるような穏やかでのんびりした雰囲気とは真逆の、苛烈なファーマーの生活が淡々と語られていて、その臨場感のおかげで読んでいるだけで一緒に消耗してしまう。

それくらい壮大な、何世代にもわたる、人間たちと羊たちと犬たちと湖水地方の山々の日々の記録。都会のすすけた生活と対極にあるそういう生活を、オックスフォードに学んだ羊飼いが書き記すことによって、世界は知る機会を得たってことです。

日本にもこんな風に伝統の中で暮らし続ける人たちはいるんだろうか。地震や洪水といった自然災害も多いから、最新手法を取り入れざるを得ないこともあるんじゃないだろうか。

重厚だけど静かな本でした。尊敬します。こういう人たちのおかげで地球が守られてる。