松永K三蔵「バリ山行」1078冊目

最近ふしぎな名前の人が多いな…。この方はミドルネームがあるんだろうか。日本でミドルネームをつける人は両親の名字両方だったり、ニックネームだったりいろいろだ。

名前は変わっている印象だけど、小説は久しぶりだなと思うくらい王道の純文学で、きっと来年は教科書や試験問題にたくさん使われるんじゃないかなと思います。

”王道の純文学”が普遍的な人間心理を描くものだとしたら、それをその時代の状況や空気のなかで展開したのが各小説だと思うのですが、中小企業の景気悪化、啓発セミナー、とかは今っぽい一方で、ガンコな職人気質のベテランと、流されながらも人々から人生を学ぶ中堅社員の山を通じた交流というのは、もしかしたら100年前も小説の題材になったんじゃないかと思うくらい普遍的です。

六甲山って1000m弱の低山ってことなので関東でいえば高尾山みたいなものかなと思ったけど、高尾山は599mしかないとのこと。高尾山で「バリ山行」をやることはできるんだろうか、できないんだろうか。私はそこまでの挑戦はしないけど、あの山ならある程度チャレンジをしてもリスクは少なそうに思います。

私には、高尾山の一番普通のルートを歩いても、山歩きは楽しいし気持ちいいものだけど、どんどん高い山を目指す人と同じように、どんどん深い山を探る人は何かのアドレナリンとか快感物質のようなものに引っ張られて深まっていくのかなと、私には見えます。

妻鹿という人を想像するときに、「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」に出てる家電修理人の今井さんと、”スーパーボランティア”として有名な大分の尾畠さんの顔がチラチラと浮かんでしまうんだけど、文中の妻鹿さんは40代なのでだいぶ若いんですよね。いずれにしても、ちょっと変わってるけどすごくカッコいい大人です。この小説って割と、主人公の年齢よりも、大学生とか若い人たちに響くのかもな…となんとなく思うのでした。

 

ハン・ガン「菜食主義者」1077冊目

ノーベル賞受賞ときいて読んでみました。比較的最近読んだノーベル賞受賞作家の作品といえば、アニー・エルノーもアレクシェービチも日記みたいに現実的で、大江健三郎カズオ・イシグロは寓話的な日常の奥にあるなにかを探し当てさせようとするような作品だったけど、この作品は、人間の中にある、そのどちらとも違う層を描いてると感じた。

層?という言葉が適切かどうかわからない。登場人物たちはあからさまに傷ついているけど、依然として世間体を保つことにも執着している。はげしい苦痛の原因がわからないまま、道を間違い続けていて、人間の普遍的な真理どころか、どこに逃げたらいいかもわからないままだ。だからカズオ・イシグロより浅いとか軽いということはなくて、年老いた先進国で諦めたような状態にあるイギリスの人たちと違う、韓国の人たちのリアルな痛みが、こういう作品になって現れるんだろうと思う。

痛みがいやされるような作品を書く人には、ノーベル文学賞は与えられないんだろうか?(インスタント・カタルシス的なファンタジーを特に評価してほしいわけじゃないんだけど)この賞はずっと、人間の深淵をもっともっと深く知ろうとしつづけてるんだろうか。どこかに、妹と義兄のなんらかの形での(植物的な?)静かな結末はありえたんだろうか、ありえなかったんだろうか。

いろんな韓国映画で見る容赦ないバイオレンスや、救いようのない絶望、とかを思い出しました。

 

ジェイミー・フィオーレ・ヒギンズ「ゴールドマン・サックスに洗脳された私」1076冊目

アメリカの金融業界ってのはどういう場所なんだろう?私もアメリカのIT業界のはしくれだったことはあって、日本とは違うことがたくさんあることは知らないわけじゃないけど、『アメリカの金融業界の人』あるいは『ゴールドマン・サックスの人』が彼らと私たちを極端に違うものとして、つまり自分たちこそが選ばれた者であってそれ以外は全部一緒、みたいなことを言うのがなんなのか、ほっとけばいいのかもしれないけどやっぱり知りたい…とずっと思っていました。

これを読んでわかったことは、この会社ってなんか電通とか日本のいろんな会社について聞いてることと同じだなぁということ。男尊女卑、男たちがストリップバーに行くとかLGBTサポートは口先だけとか、コンプライアンス委員会はボスと筒抜けとか。日本のあまたの会社との違いは報酬額の桁数くらいだ。この会社、あるいはアメリカの金融業界の特異性はひとつも見つけられなかった。人間ってどこで何をやってても、あんまり変わらないものなんだな。と改めて実感してしまう。

まあ、私も、そこまでではない環境で会社員として長く働いてきて、会社の名前に頼る気もないけど、自分を雇ってくれるような会社はもう二度と現れないくらいに思ってなかなか辞められなかった時間はありました。辞めてみたら、仕事はたくさん存在するし、男尊女卑じゃない職場も中にはある。あと、お金をたくさん出さなくてもおいしいご飯を食べさせる店はたくさんあるし、辞めても死にゃしない人が多いと思う(飢え死にする人が一人でもいたら大変なことだけど)

これを書いたのが日本女性だったら、これほど家事に理解のある夫がいるケースは多くないだろうし、もっと孤独にさいなまれて、傷ついたりゆがんだりしてしまう人が多そうな気がする。でも、いつからでもいいから、大事なことを思い出して、この人みたいに大切なことのために生き直すことはできると思う。

という、会社名や業界や国に必ずしも関係ない、普遍的な問題を提起した本だったのでした。

 

絲山秋子「神と黒蟹県」1075冊目

どうしてこの本を読む気になったのか思い出せない…多分、どこかの書評を見て興味を持ったんだと思うけど。

タイトルも不思議というか、意味はわかるのに読みづらく、文中に出て来る地名やものの名前も同様で、それだけでなんだか、やけにのんびりした異世界に飛び込んでしまったようなふわふわとした感覚があります。

黒蟹県の人々はみんな、どこかふてぶてしくて、落ち着いているけど、心の中はちょっとネガティブだ。そこに暮らすことになった神もそんな感じ。なんともいえない可笑しみがあって、ムーミン谷の人々みたいで、ずっと一緒にそこにいてみんなを見続けていたい気がする。1シリーズが終わるとすぐに次が始まって、永遠に終わらない連続ドラマみたいに。

そうなのかなぁ、この著者は人間のムーミン谷を書きたかったのかな。この作品の中に出て来る誰かを中心にして世界を構築しようとしたようには思えない、神すら。

書いたのがどういう人か、気になってしかたありません。

映画化された「やわらかい生活」という作品があるようなので、まずそれを見てみよう。

 

綿矢りさ「オーラの発表会」1074冊目

面白い。。。そして勢いがある。

これが発売されたのは2021年だけど、同年発表された「ありがとう西武大津店」の成瀬にこの海松子(みるこ と読むらしい)は似てる。まじめでまっすぐで全く融通がきかない。これほど純粋なキャラクターって現実ではなかなか会えないので、すごく痛快で惹かれてしまいます。

きっと海松子は美少女なんだろうな。自分ではまったくオシャレじゃなくて母親のセンスで光っている。(つい著者自身と重ねて想像してしまうけど、どうなんだろう?)

彼女の友達?であり脳内で「まね師」と呼ばれている萌音も、海松子をはじめとする学友たちの外見を、服装からメイクから容貌にいたるまで完コピして行動する変わり者。しかし海松子も文中で言ってるように、それはすごい才能と努力でもあって、私は以前よくネットで見た、老若男女誰にでもメイクで化けてしまう「ざわちん」のことを思い出してしまいました。(彼女そういえばコロナ前からいつもマスクしてたなぁ)彼女のメイクは超絶すごい。きっと「まね師」もすごいんだろう。

昔から何を読んでも面白いけど、相変わらずすごい。引き続きいろいろ読んでみたいと思います。

 

芦辺拓「七人の探偵のための事件」1073冊目

図書館で見つけて読みました。年の瀬のひとときに、リラックスして読めそうな一冊。…じっさい楽しんで読めました。リラックスというには忙しい小説なんだけど。なにしろ探偵が7人。小さな村に死体がたくさん。本格ミステリではあるけど、完全にドタバタコメディで、三谷幸喜が舞台化したらぜったい面白そうな感じです。映画にはなってないのかしら。すればいいのに。ちょっと令和っぽくないのかな?

楽しく読み終えたあとでググったら、七人の探偵の多く(全部だったりします?すみませんあまり知らなくて)がこの著者作品の常連探偵なんですね。それぞれ非常にキャラが立っていて、うるさいくらいです(笑)。

人が何人も死ぬのですが、それでも暗くも怖くもない。安心して読めるミステリーでした。

 

降田天「女王はかえらない」1072冊目

<がんばってぼかしてるつもりですが、結末やストーリーに触れてるので未読の方はご注意ください>

先日「少女マクベス」がすごく面白くて、この作家の「このミス」受賞作品を読まなければ!とさっそく読んでみました。

イヤミスだった!(笑)

マクベス」は繊細な関係性や精神のバランスを保ちつつも、闇に完全に堕ちることなくストーリーが進んだと記憶してますが、こっちは大勢堕ちてしまった。ちょっと安易なくらい、いっぺんにみんな。

3パートに分かれたこの小説の、最初のパートの語り手の正体は、書き方が徹底している分、逆に際立っていたので確信をもって読みました。(「メグ」には騙されたけど)2つ目のパート、3つ目のパートへと展開するアイデアは、視点が変わっただけかなと思っていたので、してやられた形ですね。同じようなことが起こるのはちょっと無理があるし、なんでそこを探さないのか、と突っ込みを入れたくもなりますが。

全体的には、私が興味を感じられない”スクールカースト”ものの”イヤミス”なのですが、なんとなくこの方々の作品はどことなく清潔で、あんまりイヤ感が強くないので、私としては読みやすい方だったと思います。

さ、仕事も終わったことだし、ミステリーたくさん読むぞ!!