大竹昭子「須賀敦子の旅路」1035冊目

やっとここまできた。

「1万円選書」に当たってこの本が送られてきたのが2022年の1月。2年も寝かせてしまったのは、軌跡を訪ね歩くと言われても、そもそも須賀敦子を知らない。知らない人の軌跡を訪ねる本を読むなんて、ヒントなしに暗号を解こうとするようで、手探りでも進めないような居心地の悪いもの。

いったい誰なんだ。と調べてみて、最初に手にしたのが「須賀敦子の本棚」というシリーズのダンテ「神曲」。ハードルが高いうえ、須賀敦子の翻訳でもない。ますます混乱して、もうちょっと調べてみたら、エッセイでいくつも受賞した人だとわかったので、初心者向けの「須賀敦子エッセンス」というエッセイ集1・2を読んで、やっと何者で、どういうものを書いた人なのかわかってきました。じっくりと読み応えのある文章で、エッセイなのに読者を本の世界に連れていってしまうようなすごい読後感もあります。

文体はやわらかいのにどこか男みたいな硬質なところもあり、どんな人が書いたのかが想像できず、いつまでも気になってしまう。・・・という状態で、やっとこの本を読み終えたところです。

彼女の軌跡をたどりたいと思った人、知りたいと思った人たちの気持ちが、今ならすごくよくわかる。あんな文章を書く人の素顔はどんな人なのか。

若い頃は、どんな人も節制努力すれば、何不自由なく長寿を全うすることができると思ってたけど、今は、天から与えられるものは偏っていて、何らかの不幸や不運を避けられない人もいると思っています。若い頃と違って、不幸を背負ったままでも生きていけるし、それもまた一つの悪くない人生だと思える。須賀敦子は大きな空洞のようなものを抱えて強く生きた人だと思う。書いたものの完成度の高さとは対照的にも思える、実際の人間関係のバランスの悪さも見えてきて、ふしぎと、ますます自分の心が強くなるような気がします。人間ってすごいな、ほんとに。

60歳を目前にした私のプロフィールを見て、この、知らない人に関する知らない人による紀行本を選んでくれた「一万円選書」選者の思いにため息が出ます。この年齢にしてまだ自分のやるべきことが固まらない私でも、今まで失敗ばかりしてきた私でも、生きてるかぎり自分の道を探し続けていてもいいんだ。

私も、会うこともない誰かや、通りすがるだけの誰かに、こんな励ましのできる人になりたいと思います。ただただ感謝。