エルヴェ・ギベール「楽園」307冊目

タイトル借り。

著者のことは知らなかったんだけど、「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」という本を書いてエイズを告白し、90年代に話題になった人なんですね。この本で描かれている美しく退廃的な生と死の裏に、そういうことがあったのか、と腑に落ちる感じがします。

南国の熱や病気やケガでだんだんおかしくなっていく主人公ですが、情緒的なところがなく、脳が物理的に機能不全に陥っていくような乾いた感じがあって、読んでいて不思議と快適です。

エイズという病気が1990年に発覚するということは、自分の「カウントダウン」が始まったということを意味していました。世界中の人たちがこの病気を過剰なほど恐れていた頃です。残りの生命をどう生きるか/生きたか、という記録のようなものとして、この本を読めばいいのかもしれません。

知り合ってすぐに恋人になったジェーンが「ぼく」と巡る、アフリカとカリブ諸国。行き先での生活は華美ではないけど放埒…。小説は彼女の死から始まり、セックス、病気、おいしい食べ物、死、気まぐれや事故と退屈、といったものをただ受け入れて暮らす「ぼく」の状況を淡々と描写します。

「ぼくの命…」を書いたことで得られた“あぶく銭”を手にした、“小説を書いたことのない小説家(比喩的に)”は、美貌のフォトグラファーでもあり、当時かなり注目されたことが想像できます。フランスのどこへ行っても好奇心と哀れみと恐怖の目にさらされたでしょう。残り少ない生を生き抜こうとする中で世界を回り、自分の肉体(脳も含めて)が少しずつ崩壊していくのを観察しながらこの小説を書いたのだと思われます。

ある意味当時の“流行”として世界中に流布し、日本語訳まですぐに出版されたこの本を今、店頭に置いている書店はもうないでしょう。エイズはもはや“すぐにカウントダウンが始まる病気”ではなくなりつつあります。この本に出会える図書館って貴重な場所だな、と改めて思うのでした。