木村友祐「幼な子の聖戦」597冊目

きっとどこかのブックレビューを見て読もうと思ったんだな。人気の本は予約を入れてから手に入るまでの間に、借りた理由を忘れてる。

この本は私が読みたがるタイプの本じゃないなーと冒頭で気づきます。だって無差別大量傷害殺人だもん。誰を刺したかも本人が意識してないから語られない。それから小説は彼の動機形成の数か月を描きます。知恵も力もやる気もない、親の力だけでやってきた男が、最初から浮上してないけどさらに転落して最悪の破壊に至るみちすじ。

著者は露悪的な人なのかと思ったけど、同じ本に収められているもう一遍を読んだらちょっと考えが変わった。2つ目の中編は、若い女性が事務系の仕事からビルのガラス拭きの仕事に憧れて転職し、”社会の底辺”っぽい人たちの中でどんどん自分の芯を強くしていく、読後感のいい作品。きっとこの作家は、うだつの上がらない青年が起こした犯罪や、町で見かけたガラス拭きの若い女性を見て、「なぜ?」という気持ちをふくらまさずにいられなかったんじゃないかな、と思ったりする。

中心人物に入り込んで書く力があるから、作家が乗り移った人物に対する印象が作家に対する印象だと思い込んでしまう。筆力の高い人だと思います。 

幼な子の聖戦

幼な子の聖戦

  • 作者:木村 友祐
  • 発売日: 2020/01/24
  • メディア: 単行本
 

 

ロバート・フェルドマン「未来型日本経済最新講義」596冊目

経済学の専門家が、しっかり調査して得られた数字をベースに日本の近未来を予測し、提言を行った本。さすがの説得力。多分彼のいうことはほとんど正しくて、日本は今後その通りになっていくんだろう。なのにちょっぴり物足りない気がするのは、「日本は駄目だ、若者よ日本を出ろ!」等と激しく警鐘を鳴らす本を読みすぎてるからだろうな…。

コロナ禍についても少し触れていますが、この時期さまざまな変化がある中、「思いもよらない変化」があるかどうかという点は、時間的なこともあってこれからさらに鋭く分析してほしいなという気がします。

イメージや株価の動きだけでなく、日本の実態を確かめる上では他の経済書よりずっとデータがしっかりしているので、迷ったときに再度開きたい本です。 

 

八雲法律事務所・編「インターネット権利侵害の調査マニュアル」595冊目

すごく面白い、ワクワクする本でした。(なんかストレートでない読み方をしてるな、私)こんな学術書みたいな体裁でなく、真っ黒い表紙におどろおどろしいフォントで「インターネットの闇との争いマニュアル」とか名付けて売れば、ネット書店でバカ売れしそうな(だから違うって)。

インターネットが一般市民に降りてきた黎明期には、怪しいサイトもたくさんありました。その怪しさは、私のイメージでは、欧米の大都市や大きな観光地に必ずあるパワーストーン占星術グッズのお店みたいな感じ。今のネット上に多数ある悪いサイトは、あの手この手を使って、要は無関係な人たちからお金をせしめるために構築されています。幸せや愛を夢見て構築されていた非営利の怪しいサイトとはまるで違う、痛いほど現実的な世界。

面白いのは、どんな世界にも私利を極めようと違法な世界を突き進む一派がいる一方で、青筋立ててそれを追い続ける警察側の人たちもあきらめないってところ。いまどきこれほど善悪が明確な世界って少ないんじゃないかと思うくらい。そこにはセキュリティの穴を掘り、自らを偽ることに血道をあげる人たちと、安全で安定したネットを作ろうとしつづける専門家と、人間の善悪を切り分けるのが仕事という警察や検察がいる。一般の人たちはそのどれにもいろんな場面で関わっている。

人間は面白いし、強いのだ。 

 

 

遠野遥「破局」594冊目

若い人の小説らしい、特有のその世代の匂いがあるなぁ。その一方で、癖の強い人物をみごとに描けることから、著者自身がヘンな奴で、自伝的に自分の不運を書いてるんだろうか、と思ってしまうのは、それが事実だからというより著者に筆力があるからかも。だって彼女1も彼女2も、女っぽいイヤらしさや奇妙なところも含めて、完全に生きているから。自分のことしか書けない人には、そういう若い女たちのおかしさをリアルに描くことはできない。

そういう意味で、「手練れに見えない手練れになる」という山田詠美の評に共感します。読んでいて嫌だなぁと思うほどリアルな登場人物を描ける人は構想力も文章力も高いのだ。

この主人公のその後は、通りすがりの人に暴行して大けがを負わせ、警察も来ているので新聞沙汰になって、内定間近だった公務員試験は不合格になる。その後はなかなか人気の出ない予備校教師になるか、大学院に入りなおして弁護士になるか。挫折を乗り越えて目立たないまあまあいい奴になったりするのかもな。と思えるくらい冷静でいたいような、「きっと一生うまくやっていくんだよ!」と思いこむくらい著者に転がされたいような。いずれにしても楽しみな新人です。

高山羽根子「首里の馬」593冊目

文藝春秋を買って読んだだけ。面白かったです。

芥川賞なので端正できれいな起承転結があるのかな、タイトルからすると歴史ものかしら、と思ってたら、現代もので馬も本物だった。個人的には、最初から半分くらいが一番面白かったな。怪しい電話クイズの顧客が具体的に何者かを明かすより、明かさないほうが面白かったし、ちょっとサヨク的な語りもないほうがフィクションとしては私の好みだなぁ(マジックリアリズム推しですから)。

でも、もっともっと面白い世界を見せてくれそうな作家さんだと思います。

堤洋樹 編著「公共施設のしまいかた まちづくりのための自治体資産戦略」592冊目

諸般の事情で読むことになった本。

これは建築というより都市計画、それも公共施設を中心とした都市づくりについて書かれた本です。それってどんな都市計画よりも、どんな建設プロジェクトよりも大変で、最も大勢のステイクホルダーが関わる困難なプロジェクトだろうなと思います。行政の専門家、事務を行う人たち、一般市民、民間企業その他、建築や都市計画に関する知識レベルが0から100までの振れ幅があるでしょう。だからこの本も、専門知識のない人が読んでもわかるように懇切丁寧に書かれています。

しかも、本の後半に書かれている事例の中には、市民を巻き込むブレストに成功したのにもかかわらず、再建築プロジェクト自体はその後実践されたなかった例もあります。

私なんかは、一人の気持ちを気にしながら利害関係が対立している他の人の気持ちまでケアすることなんて無理…と思ってしまうほうなので、私がこのプロジェクトのリーダーじゃなくてよかったと心底思い、かつ、こういう仕事に携わっている人たちを尊敬してしまうのでした…。 

 

ケン・リュウ「生まれ変わり」591冊目

やっぱり面白かった。いくらでも新しいアイデアが出てくる。この人弁護士でソフトウェアデベロッパーだし、IQすごそうだなぁ。SFって、今発見されたばかりの新しい事実や技術の「その先」とか「もっと先」を好きなだけ想像してふくらませることができるから、ビジョナリーにとってはイマジネーションの楽園なんだろうな。法律も科学技術も良く知ってるし歴史も学んでる。ぼんやりとした想像じゃなく(例:僕たちはがんばってるけど政府はむにゃむにゃ…)、頭の中に社会システムと技術でしっかりとした世界が構築できる。

三体パートⅡも日本語訳が出たし、ますます新中国SFが楽しみだなぁ。