高野秀行「未来国家ブータン」590冊目

すごく面白かった。秘境好きの人はほぼ100%話が面白い…。それは自分と違うものを心底楽しめるからだよね。ブータンには10数年前、先代の国王の頃にツアーで行って、一生心に残る面白い目の覚めるような旅をしてきたのですが、自分で行くのに匹敵するほどの面白さでした。第一私はいわゆる観光地しか行ってない、ほとんどお酒を飲んでない、ラヤにも東部にも行ってない。(お坊さんばっかりが観客のブータンスタンダップコメディとかブータン唯一のディスコとか行ったけど)

そして、彼は秘境の面白さだけでなく、ブータンっていう国家のクレバーさにしっかり気づきました。確かに私がティンプーで出会った官僚候補の若者たちは、みんな優秀で気立ても良くて本当に有望だった。そして、国王を心から尊敬して敬愛してた。そういう「思い」のパワーは重大なのだ。

 あちこちに旅行していた去年までが、前世みたいに遠く感じられる今日このごろ。次に外国に行けたら、カジュアルに飛び回ってた頃と全然違う感慨がありそうだな。

未来国家ブータン (集英社文庫)

未来国家ブータン (集英社文庫)

  • 作者:高野 秀行
  • 発売日: 2016/06/23
  • メディア: 文庫
 

 

川上弘美「溺レる」589冊目

1990年代っぽい、バブル疲れしてそこから降りたくなった人たちが出てくる作品だなぁ、と、まず思った。地方競輪が舞台の佐藤正午の小説とかさ。 

この人の「センセイの鞄」という本を昔、女友達から読めと渡されたことがある。私がその主人公に似てるんですって。既婚の中年男に執着するうっとおしい女の話だと思った。その友達とはその後疎遠になったくらいで、彼女は私のことなど何一つ知らないし知ろうともしなかったんだなと思った。

しかしそのすぐ前に書かれたこの「溺レる」のほうは、ふしぎと共感できる部分がある。恋愛に不慣れな若いころは、なんとなく言い寄ってきた男とつきあい始めて、始めるとなんとなく離れがたくなったり、ずぶずぶとのめりこんだりするもんだ。そういう、まだ自分の軸を持たない大きい子供のような女の状態がなつかしいように思えてしまう。そう思うのは自分が年を取ったから、相手の中年男に近い気持ちで若い女を見るようになったからかも。

そして不思議に川上弘美村田沙耶香を思わせる。二人とも研究者が顕微鏡を覗くように相手や自分を見てるのが面白い。ミクロでもありマクロでもある乾いた視点。

あと、どうでもいいけど川上弘美って星野源にちょっと似てる。 

溺レる (文春文庫)

溺レる (文春文庫)

  • 作者:川上 弘美
  • 発売日: 2002/09/03
  • メディア: 文庫
 

 

ケン・リュウ編「折りたたみ北京」588冊目

テッド・チャン(「メッセージ」など)、劉 慈欣(「三体」)、ケン・リュウ(「紙の動物園」「母の記憶に」)と読み進めてきて、超一流の作家でもあるケン・リュウが自ら翻訳して英語版を売り出している新進気鋭の中国語作家のアンソロジーがあるなら、そりゃ読みたくなるじゃないですか。第一、タイトルが面白そう。実際この小説は北京の町が上流・中流・下層の3つの地域・人々に分かれていて、1日24時間を分け合って暮らしているという設定。それぞれの暮らす建物はきれいにくるまれて片付けられて、他の人々の目には触れないようになっている…なんて斬新な!

このアンソロジーに収録された珠玉の短編はどれも、最新の宇宙科学やコンピューターの知識だけでなく、数千年も続く中国文化、家族や友人への愛、善悪の深い洞察といった深みのある素晴らしい作品ばかりです。日本で人気の若いミステリー作家たちの作品が薄っぺらく思えてくるくらい。(日本では関係性の喪失が中心にある作品が多いので、人間関係が薄くなるのは当然とはいえ)

技術が発達しきって、地球人がほかの生命体の住む天体に行った「後」、他の生命体が地球に来て共に暮らすようになった「後」、を見越して書いているものがほとんどで、彼らの見越している時間軸の長さと深さに、かの国の歴史の長さや文化の深さを見せつけられてしまって、小さい島国の自分はまだ漂泊を続けているに過ぎないのかと愕然としてしまうのです。

あまりに佳作ぞろいだったので、次にまたこの作家たちと出会うときのために、作家とタイトルだけでもメモっておきます:


陳楸帆「鼠年」「麗江の魚」「沙嘴の花」
夏笳「百鬼夜行街」「童童の夏」「龍馬夜行」
馬伯庸「沈黙都市」
郝景芳「見えない惑星」「折りたたみ北京」
糖匪「コールガール」
程婧波「蛍火の墓」
劉慈欣「円」「神様の介護係」 

 

 

エリザベス・キューブラー・ロス「続死ぬ瞬間 死、それは成長の最終段階」587冊目

また借りてきたけど、この本はさまざまな宗教や文化における死について書かれた論文集でした。面白そうと思って借りたんだけど、思いのほか自分にはとっつきにくかったです。だいぶ読んだけどこれでキューブラー・ロスシリーズはいったん終わりかな…。

 

エリザベス・キューブラー・ロス「死ぬ瞬間~死とその過程について」586冊目

これが最初の、いちばん有名な世界的ベストセラーになった本。1969年の抄訳本ではなくその後完訳されたものです。

後で書かれた本と比べて圧倒的に医学書の色合いが強いです。キューブラー・ロスはまだ100%精神科の医師であってカウンセラーとかセラピスト、ましてや思想家のような様子はまったくありません。

欧米のちょっと昔の本には必ずホロコーストという恐ろしい出来事の話が出てくるし、この本は末期患者やその家族の生の声がたくさん収録されているので、気楽に読める部分など1ページもありません。

死の受容までの5段階について、おそらく一番詳しく書かれた本でもあります。名著だけど、5段階については先に答えを見てしまったような感じで、ほかの本で言及されるのをかなり見ているので、重いけれど私が一番読みたかった本ってわけじゃないなぁという印象もありました。

 

エリザベス・キューブラー・ロス「ダギーへの手紙」585冊目

子ども向けの大判の絵本だった。

死生観を末期がんの子どもに聞かせるという非常に難易度の高いミッションを果たそうとした偉大なる本。人の一生は春夏秋冬だ、やるべきことが全部終わったらさなぎを脱いだ蝶みたいに飛んで行って、先に飛んで行った人たちと一緒になる、といいます。

死後の世界のことだけは、まだ死んだことがないからわからない。だからこの本に書かれたことが「科学的に正しい」のかどうかをはかれる人は生きてる人間の中にはいないんだけど、運命を受け入れる助けになるだろうなと、温かい気持ちになれる絵本でした。 

 

エリザベス・キューブラー・ロス「ライフ・レッスン」584冊目

キューブラー・ロスの本がとてもよかったので、さっそく続けて読んでみました。

これもいい本。よりよく死ぬということはよく生きた後に起こる結果だから、人はどう死ぬのかをある程度わかって安心したら、じゃあさっそく今日どう生きるか?ということを考え始めないといけません。

ここ数年、滅入ることが続いて瞑想とか内観とかいろんなことに挑戦してきました。自分を否定して否定して、自分でないものを目指しながら、中から自分を動かすエネルギーにうまく対処できずに弱ってしまっていて、それが行くところまで行ってしまった気がします。手放すこと、明け渡すことの大切さ。

旅に出ると、バス停にたどり着いても2時間待つしかない、といった状況に遭遇します。そういう何もしない、何もできない時間が自分をやっと本当に休ませてくれる。私はフルタイムの仕事を辞めて、これからの人生は自分を満たしてやることに専念しようと思っています。今までよりヒマで今までほどお金を稼いでないけど、それがいったいなんだっていうんでしょう?