栗原康「サボる哲学~労働の未来から逃散せよ」784冊目

ちょうど半隠居したところなので、この分野の本には興味があったんだけど、共感するのが難しかったな…。ラッダイド運動もいいしGAFAMを攻撃するのもいいけど、誰かが開発して普及させた機械やソフトウェアがあるからPCでテキスト打って本が出せるんだし・・・本当に叩きたいのはその人たちなのか?なにか別のものごとに対するうっ憤をどこかにぶつけたいから書いているのでは?と感じてしまう。

私はブルシットジョブをしばらく続けて、セクハラやパワハラや無力感に何十年も耐えた後、今は路上生活者などを支援する団体のボランティアをゆるくやったり、どこでもできる面白い仕事(それなりに大変だけど)をちょこちょこやったりしながら、細々と暮らしてる。ブルシットな人たちを攻撃したいと思わないし、攻撃してる人たちとつるみたいとも思わない。結局のところ選択肢は無限にあって、自分が何を選ぶかだと思う。人を攻撃してる暇があったら自分のやりたいことに注力するほうが私はいい。ただ、ブルシットじゃない生活の収入はほんとに少ないので、ちょっとでも贅沢が好きな人には向かないと思う。(本当に贅沢が好きな人って少なくて、外からのインプットによって見栄を張りたくなってる人が99%だと思うけど)

まだこの生活も始まったばかり。面白い!と思えることに出会えて、久しぶりに今は魂の奥が喜び始めてるのが本当にありがたい。今後の人生を楽しみにしてろ、私。

 

「町山智浩・春日太一の日本映画談義~戦争・パニック映画編」783冊目

戦争・パニック映画編というより、戦争映画と三船敏郎という2つのトピックについて深く語り合った本だった。

戦争映画とホラー映画は長い間、私の苦手分野だったけど、ここ数年は一切の禁忌なく何でも見るようになったので、この本で取り上げてる映画もけっこう見てる。「人間の條件」はまだ見てないけど「お気に入り」に追加済、「兵隊やくざ」はアマプラに入ってたので早速追加。すでに見た中で「日本のいちばん長い日」はすごい名作だったけど人間の醜さに圧倒され、「日本沈没」は大人になってから見ると細かいところが見えてきて面白く、「新幹線大爆破」は手に汗握る面白さだったけど突っ込みどころも多かった。そしてミフネの「The Last Samurai」を今みながらこれを書いてる。

ミフネってスペイン人みたいに濃いイケメンで、笑顔が子どもみたいにチャーミング…ということは、女にもてて仕方がなかっただろうな。こんな役者の大人物ってなかなか生まれるものじゃない。日本はおろか世界のどこを見ても、こんな人いないよな…。

黒澤作品、それ以外でも見逃してるものがいくつかあるので、見直してみよう。

(「人間の條件」と「兵隊やくざ」も)

 

岩田徹「一万円選書」782冊目

ラッキーなことに、この「いわた書店」の「一万円選書」、当選して私自身のカルテを書いて、岩田店長に選んで送っていただいた本が、今手元にあります。なんとなく勿体なくて、ゆっくりゆっくり読んでいるので、まだ1冊しか読み終わってないけど、残りを読む前に岩田店長のことをもっと知りたくなってこっちを先に読んでみました。

おかねは大事で、自分が生き延びて家族を養うためには、面白くない仕事をすることもある。でも、できることなら、ギリギリでもいいから、自分がいいと思うことをやりたい。そのギリギリのところをどう生き延びるかが、私を含む世の中の多くの人の目前の問題です。

選んでいただいた本のそれぞれの理由はまだ見えてこないものが多いけど、読み進めるにつれて明らかになってきそう。手元にもう本は届いてるのに、遠回りして店長の気持ちがじわじわと染みてきます。感謝して読ませていただきますね。

 

佐藤究「テスカトリポカ」781冊目

面白かった。とても。

最終的な舞台は日本だけど、メキシコシティの下に埋められたアステカ遺跡とか古代神とかが出てくる(ほぼ)異国の物語だし、日本に渡ってきたその末裔の人々への共感ポイントは著者から読者へ何ひとつ示されてないのに、コシモや末永やバルミロ、もっというとサブキャラ的な存在の矢鈴にまで共感しながら読めるのが、すごいと思う。私は麻薬常用者でも強烈な肉体を持って生まれた異端児でもなく、裏社会にはこういうフィクション以外でかかわったこともないのに。こんなに暴力が激烈で、弱いものをいたぶる描写がこれほど出てくるのに、何も反感を感じないで、気づくとその時その場で語られてる人に入り込んで読み進めてる。ストーリーテリングの匠ってことなのかな。(評論でも何でもないただの読書メモなのに、偉そうな言葉とか使うなよ私)

共感についてもっと言うと、メキシコシティには1日だけ旅行で行ったことがあって、足元のガラスの下にある実物の遺跡を見下ろしてひぇ~って思ったという実体験があるけど、この小説の場合、そこを思い出して共感した部分はゼロだった。2m超えのコシモ青年は、姿を想像するのも難しいし、見かけたらとりあえず一歩下がるかもしれない。なのになぜ作品に共感できるのか。

この間「プロミシング・ヤング・ウーマン」という、女性が男性の性暴力への復讐に燃える映画を見て、自分以外の人たちの感想をたくさん読んだときのこと。読む前は「私は女性だからなんかスカッとしたけど、男性はきっと戦々恐々として読むんだろう」と予想したら、実際は男性たちも「スカッとした」とか「よくできてた」など、まるで自分を投影せずに純粋に共感して楽しんでたことに驚いてしまった。そんなことで驚いた自分の方がいい年をして世間知らずで、エンターテイメントというのはライオンが主役でも類人猿が主役でも、そこで中心となっている者に共感するように作られるのが普通なのでした。書きながら、何て当たり前のことを書いてるんだろうと思うくらい。

むしろ、社会派作品をいくら作っても、会社で部下をいじめてる上司たちや、女性にセクハラしまくってる人たちは、作品の中の最も哀れな者に共感してしまって自分のことだとは感じないだろうし、実際、そんな彼らにも被害者だった経験が多分あるのだろう…というのは、この本とはまったく関係ない話でした。

とにかく、この本はすごく面白かったので、同じ作家の他の作品も読んでみようと思います。

 

金谷武洋「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」780冊目

だいぶ前に届いてたのに、やっと1冊目を読みました。「一万円選書」。

この本はタイトルを見たとき日本礼賛のような気配を感じて、気のせいだといいなと思いながら読み始めましたが、読んでよかった。日本語教師になる勉強を始めて9か月、「国語」でならったことがいかにコジツケだったか気づき、日本語の文法は英語の文法では語れないことを知るにつれて、そのたびに目を開かれるような思いがしてきました、この本もそういうことを書いた本でした。

私は英語に興味があって小学生から勉強を始めて、日本語が完成しないうちに英文法が入ってきてしまったからか、どこか日本語で書くものが翻訳調になりがち…英語の文法を意識しながら日本語で話したり書いたりする変な癖がついていたかもしれない。もっと言うと、大学を出てから20年にわたって英米系の会社で働いたので、英語文化で仕事をやることが身についてしまって、それで日本の会社では浮いてしまったのかも(以下略)

この著者は大学を出てからずー--っとカナダで日本語教師をしてきたという筋金入りの現場の人で、現場で話される英語・フランス語・日本語を観察してきた経験にもとづく洞察が鋭くて面白い。日本語の中に見えるよき日本文化は誇れるものだ、というのに共感して、教えるときが来たらそういう風に教えようと思いました。

自分とは違うなと思った部分についても書いておこう。

・「きれいだ(例文では「キュートだ」)」は形容詞文じゃなくて名詞文とされてた。習ったばかりの日本語教育文法では「きれいだ」はナ形容詞なので、それとは違う立場を取っている。学び中の私にはどっちもまだしっかり理解できてないので、引き続き気を付けながら勉強しようと思う。

・「英米人は謝らない」と書かれてるけど、職場で私は謝るアメリカ人を何度も見たけど、謝る日本人はあまり記憶がない。日本では自分が悪くても無意識のうちに組織や上司や部下も含む「私たち」のせいにして「自分」が悪いと言わない、っていう特性がある気がする。アメリカ人は「主体」を重視するから、自分が悪かったとき、相手との友好関係を保ちたいと思ったら、きちんと時間をとって解決をはかる。うやむやにして逃避してしまう(問題を直視するのが怖い)日本人。愛だけじゃなくて失敗もみんなのものという感覚。

・日本は世界中の人々から好かれている、日本語を学びたい人は増えている、と書かれていて、とても嬉しいけど、コロナで留学生が入国できなかったり、難民として入国した人たちへの仕打ちが世界的に報道されたりして、日本の人の裏表の裏の部分が外の人たちにも知られるようになってきた、とも感じてる。外国にいる分には、自分自身が日本代表として恥じない行いに努めていれば保てるものが、国内で起こっていることで壊れることもある。なんの後ろ盾も経歴もない私は、日本は好かれてるから大丈夫!と慢心しないでひとつひとつ積み重ねていかなきゃな、と思います。

ところで、日本の姓は居住地(田中とか川上とか)が多く、英米の姓は職業(ミラーとかテイラーとか)が多いと書かれていたのが、会社に関する日本人と英米人の感覚にも当てはまると気づきました。日本人は会社名、自分のいる場所を中心に考えがちで、英米人は自分がそこで何をしているか、職種を中心に考えてその技能をもって転職する感覚を持ってる。

3日前に読んだ「14歳からの個人主義」では夏目漱石がイギリスで学んだ個人主義を日本の中学生に伝えようとしていて、そっちも説得力があった。日本の「私たち」の同調圧力はすごく強くて、それに押しつぶされている若い子も大人もたくさんいるから…。良い言語と悪い言語があるわけじゃなくて、それぞれの特性があるし、それぞれの文化がある。どちらかに寄りすぎてうまくいかないと思ったら、反対側へ向かうのがよい、ということだと思いました。

良い本を選んでくださってありがとうございました、岩田社長!

 

丸山俊一「14歳からの個人主義」779冊目

この人の本はけっこう読んでると思うけど、このブログでは2冊目か。

若い社会人向けに書かれた本もあれば、この本のように中学生向けもあるけど、どれも本気で、甘い言葉を使わずに幼い大人に向き合っています。哲学だったり資本主義、今回は「個人主義」について語ります。

いい本だし、私のような高齢が近づいてきたおばちゃんが読んでもいいと思うけど、図書館でこの本を何冊も独占してないで本来の14歳にもっと読んでもらわなければ…。

ということで、明日返却します。いつもありがとう、図書館。

 

ジョゼ・サラマーゴ「白の闇」778冊目

コロナ禍を予見したかのような過去の映画、たとえばコンテイジョンを、この時期に見ると臨場感あり過ぎてキツイかなぁと思いつつも、関心が強くなっててやっぱり見てしまう今日このごろ。これもまた、謎の感染症が世界を席巻する作品とどこかで聞いて読んでみることにしました。しかも著者はノーベル文学賞受賞者。ノーベル文学賞受賞者ってもともと知ってる人や日本人でもなければ、多分一人も知らないし読んだこともありません。もうちょっと世界の才能に触れた方がいいんじゃないかー、という気もするので、気になった人の作品を読んでみよう。

でこの小説。ノーベル賞と聞いただけで、すごく形而上的だったり哲学的だったりして難しいんじゃないかと思ったけど、そういう心配は無用。芥川賞じゃなくて直木賞と言う感じの大衆小説のような読みやすさ。でも、何の前触れもなく起こる失明が、発症者に触れた人に伝染してしまうという重さ、強力な感染力、隔離された人たちへの扱いの悲惨さで、読んでてどんどん嫌~な気持ちになっていきます。筒井康隆作品とか、カタルシスを与えないSFのような読み心地。最終的にオチがつきますが、ひたすら描かれるのは、視覚を失った人類がさまよい、今まで視覚をもって築きあげてきた文明を叩き壊し獣の本性だけで生き延びようとする世界。面白かった。怖かった。

映画化もされてるので見ようと思います。「複製された男」の原作もこの人なのね。あれも、見返しても謎の多い作品でした。こういう作品をSFと呼ぶ人と呼ばない人がいそうだけど、私は星新一筒井康隆を思い起こさせる創作力に敬意を払いつつSFの名作と呼びたい気がします。