昔だったらこういうタイトルは邦訳するもんだが、カタカナでそのまま出しちゃうところが、洋楽のアルバムタイトルみたいだ。
(映画化されたものは日本で「僕の大事なコレクション」というタイトルで公開されて、案の定ぜんぜんヒットしなかったみたい)(注:その後ネットでいろいろ調べたら、ひまわり畑の中に家があるとか、主人公は家族のものをコレクションする趣味があるとか、かなりユーモラスな部分を新規に構築してるようだ。評価は高いけど、本のほうはそれほどおかしくないです。本を読んで映画を見た人の評がひとつもないのは残念だ)
この小説のテーマは、ユダヤ人大虐殺、なんだろうか。
あの超大国はユダヤが祖国を作り上げようとした新天地であり、あの国の行動のすべてが、リベンジのように思えてくる。・・・などということを書けるのは、筆者がクルマであってこのブログのオーナーが匿名だからだけど。
この本は、書評かAmazonのオススメか何かで見つけて、レポートで超忙しい時に(いつか読むだろう)と思って買った。分厚くて高い翻訳書、帯にはイライジャ・ウッドで映画化されただの、アメリカのどっかの書評でベタボメの天才新人だの、読めば読むほどうんざりするようなつまらない褒め言葉ばかり。でも前に若いベルギー人の女の子の書いた「殺人者の健康法」というのを読んで驚愕したことがあったので、タイトル買いしてもいいことにした。
翻訳がとても良くて、英語くさい言い回しも、ウクライナ人のひどい英語を日本語で置き換えた表現も、さらりさらりと読める。それでもなお英語圏の賢い若者くさい素直じゃない文章がちょっと鼻につくなぁ、と思いながら読み進みます。3分の1あたりで(この作家ボルヘスが好きなのかな。現代版「砂の本」?)と思い、半分を過ぎたあたりから夢中になって先を追っていました。前述したことは全部事実だけど、でもやっぱり面白い。この「面白い」というのは、「20世紀少年」とか「ダヴィンチ・コード」が面白いというのとは違って、「Monster」とか「2001年宇宙の旅」が面白いというのに似ていて、私がいつも言う「文学ってのはどっか遠くに連れてってくれるのがいい」という度合が高い、未知の世界との出会いがある、という意味です。
前置きはこれくらいにして。
ジョナサン・サフラン・フォアという作者と同名のあるユダヤ系アメリカ人の作家志望の青年が、祖父を強制収容所送りから救ったアウグスチーネという女性を探しにウクライナへ単身旅行します。この小説は、その青年と、ウクライナで即席通訳ガイドとなった下手な英語をしゃべる現地の青年とその祖父と「サミー・デイヴィス・ジュニア・ジュニア」というメス犬め(原文ママ)の一見ロード・ムービーのような小説です。
舞台になってる、ウクライナにかつて存在した町の名前が「トラキムブロド」。私はこういうエキゾチックな名称に弱い。素敵ねぇ。ノバヤゼムリャとかチェブラーシカとか、ロシア系の語感ってぐっときます。
小説なのにクセで、以下印象に残ったところ:
p86 「ユダヤの言葉?」「イディッシュだよ。たとえばシュマックとか」「シュマックとはどういう意味ですか?」「感心できないことをする人がシュマックさ」「ほかの言葉も教えてください」「パッツ」「どういう意味ですか?」「シュマックと似たような意味だ」「ほかには」「シュメンドリク」「意味は?」「これもシュマックみたいな意味だね」「シュマックに似てない言葉は知らないのですか?」
・・・ほとんど林家三平だな。
p118 この本では常に登場人物が、語り手が、「愛について」語るんだけど、誰も本当にだれかを愛してはいなくて、みんな愛するということを愛しているだけ。「本当は一度も愛したことなどなかったの」といった5分後に「愛してる」といい、本当の愛ではないとわかっていても、相手を失うと絶望して死んでしまったりする。このページでは、老いた父と幼い娘が、お互いを思いやって「愛してるよ」といいあう虚構を演じ続けている、と書かれてる。
・・・若い子たちの恋愛のように胸が痛いけど、一見俗っぽい「いまどきの子たち」の方がずっと、そうやって人生を読み切ってるのかもしれないんだよなぁ。
p208 ウクライナ人の下手くそな通訳の青年が、作家志望のアメリカ人に宛てた手紙の中で、「たしかに、まちがいなく、きみはぼくよりずっとたくさん多くの本を書くでしょうが、作家に生まれついたのはぼくのほうで、きみではありません。」と告げる。
・・・世の中には虚構を書く人と、虚構を生きる人がいる。
p277 ある人が自分はもうすぐ殺されると思って、友人に指輪を託す。
アメリカ人青年と即席旅行社ご一行が、そうやって集められた遺品を見ながら、こういうときのために指輪を託しておいたんだな、と言うと、
「いいえ、指輪はあなたたちのために存在するのではありません。あなたたちが指輪のために存在するのです。指輪は万一あなたたちに備えているのではありません。あなたたちが万一指輪に備えているのです」
・・・遺跡だとしたら当然そうだな。主人公はとうぜん、掘り返す誰かではなく、掘り返される誰かのほう。
読み終わってみると、ボルヘスっていうより、現代的でせっかちで現実の戦争が出てきたりするあたり、村上春樹なのかも。アメリカの人は意外なくらいムラカミを読んでるから、実際影響受けてるかもね。
遠くに連れていってくれるという読書の醍醐味を味わえたことは確かです。その後この作家が何をしてるか、調べてみよう。
以上。