マイク・ミュレイン「ライディング・ロケット」上・下229

久々の大ヒット。

上下で合計650ページもあるのに、面白くてどんどん読んでしまいました。翻訳もきわめて自然で、自分の友達のことのように親しみをもって読めます。

何の本かというと、スペースシャトルに3回乗って引退した宇宙飛行士が、その引退までの自分の人生を語るノンフィクションです。宇宙マニアには、本当のNASA、本物のスペースシャトルの描写がたまらないと思いますが、著者が臨場感たっぷりに、今そこで対象物を見て話すように書いているので、NASAのことなんて何も知らない観光気分の私も、目を丸くして一緒に驚いたり笑ったりしてしまいます。

著者は空軍所属の「軍人宇宙飛行士」。そういうカテゴリーがあるんですね。彼らは「惑星AD(発達不全)から来た人たち」、つまり女性=性の対象としてしか見ることができず、ポスドクの民間宇宙飛行士など全員腰抜けだと思っている、男の世界の住人。というところがスタート地点。職場でも下ネタギャグばっかり飛ばして「豚フライト」とまとめて揶揄されたりしています。

子どもの頃からロケットが大好きで、ロケットの種類や特徴を全部そらで言えるようになった。立ち入り禁止の札があれば、どかして冒険に出かけた。いつか宇宙飛行士になることを夢見て空軍ではパイロットを目指したけれど、視力が悪くてなれなかった。視力が悪くてもなれるミッション・スペシャリスト(操縦以外の専門的な作業を行う人)の募集を見てすぐに応募し、なんとか受かった。・・・というのが著者の語る彼自身の経歴。

敬虔なカトリックの家に生まれた敬虔な信者だそうで、彼女と何度も婚前にあやまちを犯してはその都度教会に懺悔に通って司祭を困らせた、なんてエピソードも。過ちを認めて懺悔するという文化が、これほど正直で率直な人柄を育てるのかなーと思いました。とにかく下ネタも上司の批判も、すべてが率直。うらみつらみなく、あっけらかんと書かれているので、好感をもってしまいます。語弊をおそれずに言うと、アメリカ人のユーモアってこんなに面白かったんだ。アメリカ人にもこんなに率直でいいやつがいるんだ。という感じです。

語弊といえば、この本の特に冒頭あたりでは、著者の父親(第二次大戦で戦った軍人)の言う「くそ日本人野郎」が連発します。でも私たちの親や祖父母もxx人とかxx人のことを揶揄してきたよね。私たちも、嫌いなわけでも恨みがあるわけでもなく、身近な人や遠くの人をネタにして笑う。アメリカ郊外の町で普通に生まれて普通に暮らしているアメリカ人は、自分の書いた本がまさかFar Eastで翻訳して読まれるなどと考えなかったでしょう。クソと言われても、そんな率直な人間らしさに、逆に親しみをおぼえます。

ところでスペースシャトルとは、超重量級の精密機械が、地球上にない過酷な大気圏という環境を2度も潜り抜けなければならないミッションで、常に死と隣り合わせです。

宇宙飛行士たちのユーモアは、極度の緊張を少しでもやわらげるためのもの。本に入り込むと、一瞬自分がそこにいるように緊張したりします。

「惑星AD」の飛行士は、女性やポスドクが立派な宇宙飛行士になれることを、一緒のミッションを通じて初めて学んだと書いています。日本人も立派な宇宙飛行士になれることを彼が学んだかどうかは不明ですが、遠くの国の偽善者でない1人の男性の物語として、楽しんで読んでほしい本です。