ミルチャ・エリアーデ「マイトレイ」421冊目

池澤夏樹が選んだ「現代世界の十大小説」っていう新書(後日、こっちも感想を書く予定)の中で選ばれてたので、図書館で借りてみました。ルーマニア人の若者がインドで研究中に下宿をさせてもらった名家の令嬢と恋に落ち、父親に仲を引き裂かれた、という著者の実体験に基づく小説です。著者エリアーデはその後宗教学者として大成した学者でありながら、この「マイトレイ」の他にも小説の大著を何冊も残したとな。・・・そんな解説を読んで、大いに興味を持って読み始めたわけです。

許されぬ恋を引き裂かれるという、ロミオ&ジュリエットであり、ウエストサイド物語であり、その他もろもろの悲恋物語を実体験から描くからには、さぞかし胸を引き裂くような情緒的な作品だろうと思ったら大間違い。彼は学者です。ずっとつけ続けた日記には、初対面の彼女の肌の色やおどおどした物腰を見て”醜い”とさえコメントしています(その後、逆にその野生的な魅力に溺れていくさまも克明に描かれます)。という、ある意味男性優位的で、冷静で非情緒的な観察日記のような本でした。ノンフィクション風。徹底して書かれるのは著者自身の心の動き。この人きっと自分大好きなんだろうなぁ。相手が全くの異文化における未成熟な感受性の強い少女なので、ヨーロッパから来たばかりの若者には到底理解のしようもなかったのかもしれないけど。

解説には、その後マイトレイ(なんと実名)と数十年後に再会したとか、実話とは違えて書かれている部分もあるとか(本当は彼自身、何度も手紙を書いて深追いしたのに、小説ではすぐに冷めて行きずりの女性と寝た話とかでもみ消されている、等々)、ますます赤裸々な事実も暴かれて興味深いです。

主人公の彼は時々、マイトレイや他の女性たちが”稚拙”と感じられることを言ったときに、さわやかに嘲笑するんだ。あまりの愚かさに楽しい気持ちになった、というような描写がちょいちょい出てくる。現代日本で暮らす私には「感じわるーい」と思えてしまうんだけど、もっと広い心で読んだほうがいいんだろうか。でもね、歴史に残る名作でも、肌触りがよくないとやっぱり大勢の人には読まれない。(日本だけかな?)
情緒にばかり働きかける、音楽や涙の演技ばっかり大げさな、ありがちな日本の映画がいいとは全然思わないけど、率直さを評価するにしても、私はもうちょっと女性的な視点の方がいいな、やっぱり。マイトレイ自身も作家になり、彼女の側からの物語も書かれているらしいので、もし手に入るようなら読み比べてみたいです。(マルグリット・デュラス「愛人」の、愛人側からのストーリーなんかも読んでみたいもんですね)

とか言いつつも、大失恋の痛みを、読みながらなんとなく追体験して辛〜い気持ちになったりもしたのでした。それこそが小説のたのしみ、だよね。