ローレン・ウィルキンソン「アメリカン・スパイ」773冊目

オバマ元大統領の「夏の読書リスト」にあった一冊らしい。オバマさんもだしビル・ゲイツの同じようなリストもチェックはするけど、読みたい本が不思議となくて、これがその手のなかで初めてくらいじゃないかな。(いやクリントンの書いたミステリーはこの手のリストでみたやつかも)

これ、著者はアフリカ系アメリカ人女性で、主人公はマルチニーク出身の母を持つ、やはり女性。それで実話ベースのスパイ物というのは、それだけで珍しい。しかも彼女は二人の子持ちで、この本は将来息子たちに自分のことを読んで知ってもらうために書き置こうとしている手記という体裁をとっている。だから文体がテッド・チャンあなたの人生の物語」(映画「メッセージ」の原作で、私の大好きな本)とほぼ同じ。「あなたたちはそのとき、・・・したの。」みたいに、二人称でありながら客観的な過去形で書かれてるのが出だしは不思議だと思ったけど、途中からわかってきました。

二人称で子どもに向けてスパイ活動を語る…感情を抑えたりあふれたりしながら、わかりやすく易しく語る。その一方、内容は国家機密の活動の詳細なので、読んでる子どもたちはさぞかし胸躍らせることでしょう…。

何より新しいのがやっぱりこの語り口ですよね。男性主人公をはずして女性に差し替えた作品はたくさんあるし、女性が書いた作品も多いけど、なぜ語るか、どう語るか、という方法論はずっと変わらなかった。スパイ活動だろうがなんだろうが、母が子に語るという形をとることによって、語りつがなければならない理由と内容が浮かび上がってくる。そうしなければならなかった母の生きざまに、子どもたちへの愛に、なんだか感動してしまう。

そういう意味で、この小説の新しさは何よりその形なんですよね。若いけど、すごく本をたくさん読んで、方法論を研究してきた学者的なアプローチです。スパイ小説としては、ストーリーが特に新しいわけではないけど圧倒的に新しい。これからどんな方法論を出して見せてくれるのか、楽しみですね。