村田喜代子「新古事記」1061冊目

とても軽い気持ちで選んだ本だけど、第二次大戦中のニューメキシコ州、物理科学者の夫は家族にも言えない任務を帯びていて、その彼女は日系3世、オッペンハイマー氏やファインマン氏も登場するし。…ドキドキ、不穏な気持ち…。

でも村田喜代子の小説なので、主人公はあくまでもマイペース、常にほぼ平常心でその町の生活を送っています。彼女の主な関心事は、自分が働いている動物病院に来る犬たちの状態をつぶさに観察することや、祖母が遺した謎の日本人祖父に関するメモを古文書のように読みふけること。祖父が日本出身であることは戸籍に記載がなく、彼女は正真正銘のアメリカ人であり、アメリカの勝利を喜びつつ、はるか彼方の祖父の故郷の戦禍をぼんやりと遠いこととして聞いている。

彼女がその地に持ち込んだ祖父のメモが見つかったり、うっかり祖父のことを人前でしゃべってしまったりしたら、日本人収容所に送られるんじゃないか、などとヒヤヒヤしているのは読者だけか。

オッペンハイマーファインマンも人道的ないい人たちで、逆に日本でも原爆の開発が行われていたという記述も出てくる。

日本が開発に成功していたらこの世界はどうなっていたのか。人類全体を俯瞰すれば、誰が今勝っていて誰が今負けているかより、全滅せず誰かが生き残ることのほうが大事なのかもしれない。若い夫婦も犬たちも、競うように妊娠して子どもを産んでいくこの不思議な町。悲しみや怒りに圧倒されていると見えてこない風景なんだろうな、と思います。

やっぱりオッペンハイマー早く見なきゃ…。