筒井康隆「残像に口紅を」864冊目

いいなぁ筒井康隆。年とったら、映画「ハロルドとモード」のモード婆さんのようになりたいと思ってる私ですが、男だったら筒井康隆もいいなぁ。誰の言うこともきかず、面白いことをやり続けたいもんです。

この小説も大笑いしながら読みました。表現から徐々に”やまとことば”が減って漢語や擬態語ばかりになっていく。漢語って、使われてる音数が少ないんだろうか、あるいは少ない音数で構成される同音異義語が多いからこうなるんだろうか。おかしいな、とは思うけど、全部の言葉の意味がわからないながらも、なんとなくちゃんとストーリーが進んでいくようなので、書いてる方の苦労を気にせず、おやつでも食べながら楽しく読み進めてしまいました。そこまでで終わらず、うまく語を繰り出せない市井の人々も登場して、ちゃんと”俺ってすごいだろ”示威を行わずにいられないのは、この小説にして初めて触れられたという著者(佐治)の強烈な両親の影響もあるんだろうか・・・。

文学史において誰かが一度しかやれない(二度目をやってもいいけど相当勇気要るぞ)実験をまたやってくれて、やっぱり筒井康隆は面白いのでした。1989年ってもう33年も前だけど、この人の作品史をたどるのは、今からでも遅くない。

ところで、見覚えのある表紙の男性の表情、やっぱり船越桂だった。平面でも同じ表情。でもなんでこの絵が表紙なんだろう。実態を失いつつある世界のはかなさを表現してるのかな。