能町みね子「そのへんをどのように受け止めてらっしゃるか」650冊目

いつもTwitterを面白く見ているし、テレビで見るときも感覚鋭く的確で「この人いいなぁ」と思ってたのですが、文章だとさらに歯に衣着せぬ発言で埋め尽くされていますね!ちょっと引いてしまうし、直接会ったら切り刻まれてしまって私など灰も残らないんじゃないか。(ただの一般人が斬られる心配なんてするだけ無駄)

読み終えてもちょっとまだドキドキしていて、爽快な気もするけど「強い意見に巻き込まれそうな自分」も感じています。そのくらい私は自分のものさしに固持できない、日和見なつまらない大人になってしまったのかな。

本音を発表するかどうかよりまず、本音を持ち続けることを忘れちゃならないなと、大真面目な反省をしてしまったのでした。

しかし面白かった! 

 

三島由紀夫「天人五衰(豊饒の海4)」649冊目

<ネタバレあり>

私が望んだ結末は、良しあしとか価値評価はさておき、輪廻転生が終わったのかどうかは明確にしたかった。ジン・ジャンに双子の姉妹がいたなんて一言も誰も言ってなかったんだから、慶子が再会したのが輪廻を終えた後生き延びた彼女自身だったかもしれない。あるいは、ジン・ジャンは日本を発つ前に子どもを産み落としており、その子が最初から月修寺で生まれ育ったとか。いずれにしても寺が最後の目的地となることはかなり早い段階で決めていたと思うので、そこで老いた本多が何を見出したかが結論になるはずだった。

偽物の出現はなかなか大胆な分岐だけど、DNAみたいにコピーミスが起こったのかなという気もする。透と絹江、二人あわせてやっと一人分だったりしても面白かったかも。彼女の懐妊は清顕の輪廻転生ではなく、本多の長い長いサイクルの輪廻転生の次に来るものだったのか。しかし本多にも慶子にも何の執着も運命も感じ取らなかった透は、やっぱり亜流だったとしか考えられないな。

自分の生を貫き通すために最後の作品の出来を譲歩とかしてほしくなかったな。彼は間違いなく歴史に残って世界中で読み継がれるようになったけど、私は「天人五衰」を完璧に完成させてノーベル文学賞を取ることで読み継がれてほしかったです。

それにしてもこの第4巻は、恐ろしい小説だった。なにものでもない凡庸な俗物の自分自身が、読んでいるうちに透と重なってきて。善と悪の近さ、凡庸な悪が自分を含む人間一般にどんな風に巣食っているか…そういうことを感じながら読みました。求められる長さの3/4程度で終わってしまって本当に残念です。 

 

三島由紀夫「暁の寺(豊饒の海3)」648冊目

4部作のうち一番長い「奔馬」を克服した後は、だいぶ気が楽。「奔馬」は長さだけでなく神風的な”純粋”、”正義”の重厚さで読んでる者がエネルギーを吸い取られるんじゃないかという迫力があったけど、タイやインドを漫遊する「暁の寺」は少しは楽に読めます。

19歳の純粋というのは、今では「中二病」と半笑いで語られるものと同じなのかな。三次元の肉体の不純に耐えられず、悲しみだけで死んでしまうような繊細で純真な少女を夢見るような。

タイトルからして、この巻では仏門に入った聡子が登場するのかと楽しみにしていたけど、まだ登場しませんでした。妖艶な中年女性、隣人の慶子の存在は逆に大きくなっていく。ジン・ジャンは美しい南国の果実のまま消えてしまった。

第3巻が終わりに近づいてから、第4巻を読み始めたあたりが最高に面白かったな。何でこの作品で三島はノーベル賞を取らなかったんだろう、と思ってた。でも、彼自身の現実のほうが小説の中の虚構を越えてしまって、小説のほうはほとんど未完に近いものになってしまった。と感じます。つづく。

 

三島由紀夫「奔馬(豊饒の海2)」647冊目

すごいなぁ、すごすぎる。「豊饒の海」1もすごかったけど、こっちも大変な大名作だった(語彙まずしいなぁ私)。命がけの天才ってこれほどのものなのか。壮大な構想、四部作の少なくとも前半2作の設定の時代性と普遍性、緻密に設定された人物像たち、微に入り細に入った描写は精緻でありながら誌的で、全体を覆う怨念のようなエネルギーは目の前で火山が噴火してるんじゃないかと思うほど。

輪廻転生の物語には元ネタがあって、三島が現代訳を作った「浜松中納言物語」がそれだったとのこと。私が愛読している佐藤正午が「月の満ち欠け」の中で輪廻転生をとりあげたのは驚きだったけど、人は年を取ったり死を近く感じるようになると、生まれ変わりを思い始めるんだろうか。

「絶対読むべき世界のx大小説」とかに入れるべき作品なんじゃないかな、これは。(まだ半分しか読んでないけど)(といってもすでに1000ページ近い)

それにしても、実家の近くにあった「豊饒」と書いて「ぶにょう」と読む地名は、よほど昔から田畑で作物がよく実ったんだろうか。近くに「田中」っていう地名もあるから、豊かな農村地帯だったのかな…関係ないけど。

 

松崎智海「だれでもわかるゆる仏教入門」646冊目

なにかのきっかけでTwitterをフォローするようになった、ユーモアセンスあふれるお坊さんの書かれた本。うちも浄土真宗だからか、親しみが持てて面白く読めました。

仏教って身近なようで良く知らない。大昔に日本史で、親鸞浄土真宗空海真言宗で、みたいな暗記をさせられたところで知識が終わっています。この本では、お釈迦様がどういう方で、お経とはどういうもので、その後日本に伝来した仏教がどんな風に宗派に分かれていったかが、すごくわかりやすくシンプルに説明されていて、なんかぱっと視界が開けた気さえします。第二部は今の現役の、各宗派のお坊さんたちと智海さんとの対談で、宗派の特徴を浮かび上がらせつつ、「自分に合う宗派が見つかったかな?」とあくまでも屈託がありません。このおおらかさ、いいなぁ。違いを知り、それもいいね、そして自分は自分。紹介された宗派・お寺・お坊さんは、

天台宗永福寺 谷晃仁住職

真言宗:?寺 蝉丸P住職

日蓮宗:浄泉寺 渡邊晃司副住職

臨済宗:龍雲寺 細川晋輔住職

曹洞宗四天王寺 倉島隆行住職

浄土宗:光琳寺 井上広法住職

そして浄土真宗:永明寺 松崎智海住職

最後の章は智海さんのお寺の紹介、日々の生活や、お寺の役割、お寺でできることなどを、これまたすごくわかりやすく述べています。さすが元教師。

 いやー、予想を超える面白く良い本でした。宗派の違いとか、あとあと見直したくなることもありそうなので、一家に一冊置いておくと良いんじゃないかなと思いました。

だれでもわかる ゆる仏教入門

だれでもわかる ゆる仏教入門

  • 作者:松﨑智海
  • 発売日: 2021/01/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

三島由紀夫「春の雪(豊饒の海1)」645冊目

アンナ・カレーニナ」みたいなお、人間の深い業のお話だった。虚飾と愛欲といろんなドロドロなものが渦巻いてるいやな世界。でも、ああ、そうか、歴史小説を読むのも嫌いだし、周囲の人たちのゴシップを言うのも聞くのも私は昔から嫌いで、そのために同性の友達ができにくかったのは、みんなこういうドロドロを愛してるからなんだろうな。変わってるのは私のほうなんだろう。この本を読みながら、早く抜け出したい気持ちがつのる。それでも読み進むのは、何事も最後までやらないと落ち着かないから。この本を読み始めたのも、三島由紀夫っていう謎を解き明かさないと先に進めないような気がしたからかな。

 それにしても絢爛豪華ですごい名文でできた作品だった。登場人物たちは悪徳のかぎりを尽くしているけど、作者はこの連作を、死後に自分はノーベル文学賞を受けるくらいのつもりで描いたんだろうなという重い決意が伝わってきました。

春の雪 (新潮文庫)

春の雪 (新潮文庫)

 

 

チャールズ・ブコウスキー「死をポケットに入れて」644冊目

ブコウスキードキュメンタリー映画をたまたま流れで見たら、酔っぱらいで競馬好きだけど、どうもこの人は好きかもしれないと思ったので、作品を読んでみました。詩人で小説家でもあるけど、これは日記というか日々のエッセイです。

やっぱりなんか好きだわ。50歳で勤めをやめて物書き専業になり、このエッセイを書いていたのは71歳くらいの時期なので、なにかに追われるということはなく、競馬のある日は競馬に通い、いろいろな昔のことを思い出しては日記に書き、妻や猫や近所の人のことをたまには少し書いたりして過ごしています。規則正しい生活ではないけど、文章はきれいなんですよ。読みやすくきれいに流れるし、彼の考えや感覚、伝えたいことがよく見える。…比較する人は少ないかもしれないけど、昔から愛読している、競輪を愛する専業作家の佐藤正午に似ているところがあります。彼も文章の達人であり、他の作家の作品のすぐれた読み手。違うところがあるとすれば、ブコウスキーMacを使って1度で文章を仕上げるけど、佐藤正午は推敲の人(と言われている)。まあどこが似てようが違っていようが、どうでもいいことで、私はどちらの人の書いたものも、読むのが好きで、読むといい気分になるということですね。

世間的には、競輪や競馬にうつつを抜かすことや、創作で食っていくことはろくでもないことなんだろうか。そうかもしれないけど、彼らの書くもの、彼らの中にあるまっすぐな価値観の物差しはすごくしっかりしてる。何も持たずに会社の偉い人や政治家になる人は見習いたくない。自分の物差しをしっかり背中に隠し持っている人は、どこに行って何をしても、あるいはどこにも行かずに身の回りのことや過去のことだけ思っていても、なにかを吹聴して回っている人より確実なことを言うのだ。

死をポケットに入れて (河出文庫)