骨董通り法律事務所 編「エンタテインメント法実務」854冊目

買う前に図書館で借りてみたのですが、必携だとわかったのですぐに買います。

エンタメ関連の法律解釈・運用に関して、福井先生をはじめとする骨董通りの先生方の信頼度は高い。交渉力が比較的低い実演家の立場をつねに配慮しつつも、レコード会社や放送局の立場も理解し、誰が相談しても納得できるおとしどころを提示してくれる、愛ある事務所です。

この本は百科事典のように、たとえば映画、たとえばゲーム、といったジャンルごとに、基本的な法律の解説から最近の裁判例、タイムリーな話題などを取り込んでいて、読んでも面白いけど、常に手元に置いて判断に迷ったときに参照したい本です。

500ページ近くあるけど、それでも足りない・・・全然足りない・・・。実務をやってると、法律の重箱の隅をつつくような微妙な案件がどんどん出てくるし、法律はこうだけど現実に許可を取りに行きようがない案件も多い。

第2弾、第3弾、ともっと出してほしい・・・。

莫理斯「辮髪のシャーロック・ホームズ」853冊目

これは面白かった!

ツカミが最高ですよね。シャーロック・ホームズものは最近かずかずのリメイクが行われていますが、辮髪は初めてです。

という引きが強くてさっそくページをめくってみると、「序」に昔の中国っぽい意味不明な漢語が並んでいます。くじけそうになって、先に著者と訳者の「あとがき」を読んでみると、かなり古風な中国語の文体であえて書かれていて、日本語訳でもそれを生かしたとのこと。演出か、とちょっと安心して、改めて読み始めてみたところ、わからない言葉が多いのをいったんスルーして読めば、どんどん頭に入ってきます。これは短編集なのですが、最初の作品「血文字の謎」には語の説明がさりげなく(いや、本当にさりげないんですよ)混ぜ込んであって、すぐに全部は覚えられないにしろ、少しずつ慣れていきます。

それにしても「もじり」が楽しい。ホームズだのハリウッドだの・・・。そもそも香港の地名には英語をあてはめたものが多いし。しばらく行けていない香港のあちこちの地名を見るのも懐かしく楽しい。

ストーリーも、トリックも、登場人物の性格付けも、じつにしっかりとして本格ミステリーに近いけど、茶目っ気たっぷりなのにクールを装ったような英国式?香港式?ユーモアもあって、最初から最後まで楽しんで読めました。これ映画化してもいいんじゃないかなぁ。英国人に化けても通用する長身のシャーロック・ホームズ役は、チャン・チェンがいいんじゃないかしら。辮髪必至だけどね!(中国語圏の映画、最近それほど見てないので、他のキャストは思いつかない)

全4巻になる予定とのこと。引き続き読んでいきたいと思います。

セーアン・スヴァイストロフ「チェスナットマン」852冊目

面白かった。翻訳もいいんだろうけど、ぐいぐい読ませる、確かな筆力のある作家だなと思います。

でもね、わたしは猟奇殺人は好かんのですよ・・・この本も、のっけから不必要に残酷な殺人があり、それに根拠を与える積年の恨みつらみが徐々に提示される、という構成。その辺に既視感があるし、理屈として成り立ってる気もするけど、人はそういう風に人を恨んだり殺したりするもんかな、という、納得できる心の動きを展開して見せてほしい、という気持ちも残ります。(アガサ・クリスティなら「非ミステリ」作品でも目が覚めるような人心の描き方をしてたなー、と思いだしてます)

本格ミステリ愛好者」からは、凶器の扱いが雑という感想が出るかもしれない。最近のバカ売れするミステリーって、最初からビジュアル重視というか、ドラマか映画にしたときの説得力とかエンタメ性を文章のときから意識してる印象がありますよね。この作者はもともと映像制作をしてた人だと聞くと納得します。

なんか、だんだん、ミステリーは本物の人間を離れて、架空の人間世界でアバターを動かしてるような感じになってきました。一方の現実世界の犯罪は、常に即物的で無計画に、けもののように行われている気がしてくる。

改めて、私が読みたいものは、こういう完璧なエンターテイメント志向ではなくて、泥臭くてご近所で起こりそうなものなのかな、とか思うのでした。

 

高木啓成「弁護士で作曲家の高木啓成がやさしく教える 音楽・動画クリエイターの権利とルール」851冊目

これは仕事用。まさに今必要な本なんだけど、読み切れなかったので、買います。そもそも、一度読んでどうこうじゃなくて、こういう本は手元に置いて、わからない点が出てきたときに参照するものですね。

ちゃんと読んでからまた感想書き直します!

日本SF作家クラブ編「ポストコロナのSF」850冊目

コロナ禍という状況が浸透してきた2021年4月の発行。なんともタイムリーで素晴らしい企画です。これね、19人もの作家(比較的若手が多い)が30ページくらいの短編を競作していて、大変読みごたえがあります。感染症が蔓延したあとの未来を描いてみたり、今そこで起こっているような事件を書いてみたり。

・・・しかしこれも残念なことに時間切れです。待っている人がたくさんいるので、半ばですが返却。最近どうしてこう、本にも映画にも没頭できないんだろうなぁ。そんなに忙しかったっけ私?

 

チャールズ・ブコウスキー849冊目「町でいちばんの美女」

ブコウスキーはこれで3冊目。とても短い短編がたくさん収録されている本です。

冒頭の表題作は、美しすぎるゆえに全く幸せになれない女性の悲しくも美しい話で、やっぱりブコウスキーはなんだかんだ言って女性愛の人だなぁと思う。

「人魚との交尾」は映画「つめたく冷えた月」の原作で、初めて読んだはずなのに、映画じゃなくこの短編そのものをかつて読んだような既視感。何だろうこの感覚。・・・いたずらで死体置き場から死体を盗んだ二人の男が、死体が若くて美しい女性だと気づいて驚き、「交尾」をしてしまって恋に落ちたようになってしまう。その彼女を二人で今度は海に流しに行く・・・という間じゅう彼らはどこかロマンチックでセンチメンタルで、とても美しいお話なんですよね。ブコウスキー、見苦しさの中の美しさ。

(今回、なぜか忙しくて延長したのに半分くらいまでしか読めなかった。次回、最後まで読もうと思います!)

 

ヘレン・ケラー「奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝」848冊目

このタイトルが誤解を呼んだんだな。原題は「The Story of My Life」。「奇跡の人」はサリバン先生のことなのだ。(「ヘレン・ケラーはどう教育されたか」の感想にも書いた)まさに、2冊が対をなしている良著です。

と同時に、人はどうやって言語を習得するのか?という問いの答えが山ほど載ってる本でもある。最初に「指文字」でつづられるwaterやdollと実物を結び付けて理解するようになり、毎日毎日新しい単語を覚えていくけど、thinkやloveといった抽象的な言葉が意味するものを理解できるようになるまで、目が見えて耳が聞こえる子よりずっと長い時間がかかった、等。p46の文章を引用すると:

「聴覚が正常な子どもなら、耳に聞こえたことばを何度も何度も繰り返し、まねをすることでことばを覚えていく。つまり、家庭内で交わされる会話を聞くことによって脳が刺激され、話題を思いつき、自然に自分の考えを表現できるようになるのだ。ところが、この「自然な会話」の機会を、聴覚を失った子どもは手にすることができない。サリバン先生はこのことをよくわかっていたから、欠如している「会話の刺激」を与えようと努力してくれた。」

外国語が母語の人たちに日本語を教えるのも、これと同じか似ているんじゃないかと思う。

p50にはこうある:

「(サリバン先生は)退屈な細部のおさらいは軽くすませる。おととい教えたことを覚えているかどうか確かめようと、しつこく質問することもない。無味乾燥な専門事項は少しずつ教える。そしてどんな科目も生き生きと説明してくれたから、先生が教えてくれたことは記憶に残るのである。」

こういう教師になりたい、と思う。楽しければ忘れないのだ、言葉って。

と同時に、サリバン先生は自分の最善の部分をまっさらな彼女の中に展開した、と思う。お金の余裕もあっただろうし、サリバン先生っていう稀有な人が一生を一人の人に捧げたという特殊な幸運があったんだと思う。

文庫本の最後に、サリバン先生を舞台で何度も演じた大竹しのぶの寄せた文章が載っていて、その中に、彼女自身が盲学校を訪ねたときに、まだ言葉を知らない盲聾者の子どもたちに会ったことが書かれてる。彼らが”不幸”だとは一概に言えない、と大竹しのぶも書いているけど、それを踏まえてもヘレン・ケラーという人は人を引き付ける強力な魅力のある、幸せな人だったんだろうと思う。どうしても、そうはなれなかった人たちのことも気になっちゃうんだよね。自分に何かできるかも、と思ってがんばるのは、勘違いとありがた迷惑なんだろうと自戒しても、どうしても目をつぶることができなくて・・・。

いろいろな学びをくれた本でした。サリバン&ケラーの2冊は、語学教師になる人たちはみんな読むといいと思うなぁ。