ケン・リュウ編「月の光 現代中国SFアンソロジー」631冊目

待ちに待ったアンソロジー第2巻、やっと図書館の予約の順番が回ってきました。

小型だけど510ページもあるし、歴史ものやとてつもなく非現実的な宇宙ものもあるので、なかなか読み進みません。だから、予約の順番が近くなってもなかなか回ってこなかったんだな…。

今回は1つずつ感想を書いてみよう。


夏笳「おやすみなさい、メランコリー」

人工知能、未来もの。ノッコはあざらしの赤ちゃんの見た目をしたロボットだけど、リンディが何かは書かれてなかった。赤いフェルトのケープを着た、耳の長さがふぞろいなぬいぐるみ。ウサギか?生き物みたいなんだけど。…という入口でひっかかってしまって困った。

張冉「晋陽の雪」
これは歴史的過去に現代のオタク少年がタイムトラベルしていく話なんだけど、これも、タイムトラベルものだとわかるまでが長くて、困った。

糖匪「壊れた星」
これは少女まんが的な残酷で美しい作品。女性にしか書けないな!

韓松「潜水艇」「サリンジャー朝鮮人
2つとも、すごくよくできた短編、という感じです。経歴を見たらすでに大家とされている人で、納得。そしてテーマ選びにも行間からも社会批判が漂ってきます。この人の作品はもっとじっくり読めたらいいな。

程婧波「さかさまの空
すごくロマンチックな作品。イルカの会話を録音しようとする教授、心で聴ける女性。イルカとの心の会話、空の星になりたいイルカのジャイアナ。これは「ファンタジー」だと思うんだけど、普通ファンタジーは漢語が少なくて、漢字もひらいて、やわらかい文章で書かれることが多い一方、これは出どころが中国なので、原文を生かそうとすると漢語だらけになる。そこが、ちょっと入り込みづらい原因だと思うけど、これはきっと慣れですね…。

宝樹「金色昔日」
これはまた正統派の非SF小説というかんじ。中国の近代史が逆行するという不思議な時間軸と、巻き込まれる主人公と彼の愛する女性との運命に、心を痛めながら読んでしまいました。このアンソロジーの中では長いほうだけど文庫本せいぜい1冊分の長さなのに、大河ドラマくらいの時間の流れを感じさせる作品でした。

郝景芳「正月列車」
前アンソロジーに「折りたたみ北京」を提供した作家。すばらしい発想力だけど、物理学のほかに経済学などを修めてシンク・タンクでアナリストとして勤務しているとのこと。この短編は雑誌「エル」に掲載されたんですって。これもまた、科学をもとにした新しい発想がひとつあって、それを非常にセンス良く簡潔に料理たもの。科学者と科学にうといレポーターのやりとりが秀逸です。

飛氘「ほら吹きロボット」
これはガルガンチュアとかドン・キホーテの仲間の空想譚という感じですね。豊かな想像力で面白かったです。

劉慈欣「月の光」
とても面白かった。星新一のショート・ショートみたい。「未来の自分が世界を事前に変えようとして現在の自分に電話してくる」…やってみたけど失敗したら?という命題を畳みかけてきます。この重複、うまいですよね。さすがです。

吴霜「宇宙の果てのレストラン――臘八粥」
中国の小さい街の食堂のどこかの光景みたいな小品。中国の作家には、情緒を重んじる人も多いですよね。毎回は泣けないけど、作者の思いが伝わってきて胸を打ちます。 

馬伯庸「始皇帝の休日」
これも笑った。勇気あるな~こういうの書くって。いや、ゲーム雑誌に掲載したコメディというかパロディみたいなものだから、誰でも気楽に書けるのかな。こんなの書いて笑ってるオタクなゲーマーがいるなんて、ちょっと中国に親しみを持ってしまいますね。

顧適「鏡」
これも少女まんがみたいな、きれいでヒネリが利いていて不思議なお話。豊かな想像力のたまものです。あえてごく短くしてあるけど、この後何が起こったんだろう?と想像したくなります。

王侃瑜「ブレインボックス」
これも面白い。人生の最期の5分間だけを記録する、飛行機のブラックボックスのような「ブレインボックス」。彼女の頭の中には何が残されていたのか、プロポーズの返事を待っていた彼がその中を覗く…。設定も面白いけど、結局人間ドラマなところがまた良いです。

陳楸帆「開光」
ブッダグラムというありがたい写真SNSのアイデアは面白かったけど、オチがわからなかった…

「未来病史」
こ、これも難しくてよく理解できなかった。。。

小説のあとに、作家でもある王侃瑜がまとめた「中国SFとファンダムへのささやかな手引き」という解説も載っているのですが、これは素晴らしい。文化大革命など数回のSF禁止を乗り越えて、中国SFがどのように書かれてきて、どのような雑誌や愛好家団体がそれらを取り上げてきたかをとても包括的かつわかりやすくまとめていて優れものです。

いやー、それにしても今回は読むのにすごく時間がかかった。良しあしではないんだけど、熟語が多い(漢語がそのまま日本語の熟語として使われていると思われる)文章を読むのには、いつもよりエネルギーが必要だった(私は、ですが)。

次に中国SFを読むのはおそらく、「三体2」の予約が廻ってきたときだろう…。楽しみにしています。 

 (2020年3月25日発行 2200円)