エリック・A・ポズナー/E・グレン・ワイル「ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀」632冊目

たしかNHKの「欲望の資本主義」に著者が出て、すぐさま予約を入れたんだと思う。社会に関する本の最近の流行はまるで社会主義みたいな「シェア」かと思っていたら、この本は「脱・私有財産」を掲げつつ、ラディカル・マーケットでは何でもオークションで価格が決められるらしい。それってけっこうすでに現実になっているけど、この本ではさらにどういう未来像を見せてくれるんだろう?

難しいかなと思ったら、すごーく平易で読みやすい本でした。するする読めます。

ベースになるのはノーベル経済学賞の受賞者、ウィリアム・S・ヴィックリ―のオークション理論とのこと。そして二人は、スタグフレーション(インフレなのに不況が続くこと)になぞらえて、格差は広がったが活力はかえって低下している状態のことを「スタグネクオリティ」と名付ける。(これ言いづらすぎて定着しない、に5000点)

第1章では共有財産制に移行し、例えばあるマンションの部屋を持ち続けたい人も価格を提示し、買いたい人が来たら即座に売らなければならない。持ち続けるには自分でつけた価格に見合った税金を払い続ける。という仕組みをCOSTと名付ける。…それ絶対うまくいかない。元気でバリバリ働ける人しか賛同しないと思う。富裕層に近い人。だって私はストレスまみれでやっと買ったちっちゃい部屋、猫が飼える貴重な部屋を、誰かが買いに来ても売る気はないし、もう体のあちこちが悪くてバリバリ働くこともできない。たいがいの人が若い頃にがんばって稼いで、年を取ったら休みながら最低限の生活ができるように蓄えるんだもん。住み慣れた家を引っ越すお金・労力・人間関係や便宜上のコストって「ネットワークの外部性」と同じで、簡単にはいそうですかと移動できるものじゃない。

第2章では、興味のあるものを選んで投票できる仕組みを考えてそれをQVと名付ける。興味のないことに投票させられるより、自分の利害が如実に反映されるトピックを選べるようにするというのは意味がありそうだ。障壁があるとすれば、投票作業が複雑で難しくなることかな。そうすると投票することのインセンティブが下がる。投票しない人、自分自身の利害を把握できない人は選挙に参加せず、外れていくのかな。

第3章では、個人が移民を受け入れる仕組みを提唱。なんで「豊かな国」から「貧しい国」への移住のことは何も書いてないんだろう?

第4章では、機関投資家が同じ業界の1位、2位など寡占企業の株を多数買い占めていて、資本がその業界を独占する状態が起こっていることを懸念し、それを禁止する法律が必要だと説く。企業は株主の顔色なんて、気にしているふりをしてるだけで、どんなCXOもライバルに勝ち、少しでも高い価格で消費者に商品を買ってもらうことに真剣に取り組んでるので、そんな懸念は無用、と思いました。そんな資本独占で価格競争がなくなるような動きのない業界は、低価格競争に陥ってどこかがつぶれるより、価格の波がなく落ち着いていた方がよい市場だと思うんだけどな。なんか実感のないことばっかり言うなぁこの人たち。

第5章では、FacebookGoogleを消費者たちがあまりに使っていて、2大巨頭が持つ「ビッグデータ」が高値で売れるのに、彼らはユーザーというデータ供給者に一円も払ってないので、ユーザーは組合を作ってお金を払わせるべきだという。ボイコットとかしないと思う、プラットフォームだから。ユーザーは1つのコミュニティに属してるだけじゃないから。経済学の本じゃなくてSFにしたら意外と話題になって、警鐘を鳴らすことにもなるんじゃないかと思うんだけど…。

結論・エピローグではここまでの主張をまとめて、すべてを実現するのに必要な情報集積・分析・リコメンド能力を、コンピューターシステムが2050年までに達成するだろうと述べている。結局そういうことか、中央計画制の社会主義が崩壊したのは、人々のニーズや長所を中央政府が正しく把握、分析、調整する力が及ばなかったからであり、現在の技術をもってすればそれは不可能ではないというのが、著者たちの考えなんだな。

人間の悪意や執着など、動物であるかぎり何千年たってもなくならない部分でコントロールができなくなりそうな部分がたくさんあるけど、純粋な概念書だと思えば面白いと思います。ボリューム大きいけど、読み終わったとき自分の考えもはっきりしてくると思うので、いいチャレンジになるんじゃないかな。

(2020年1月2日発行 3200円)