井戸川射子「この世の喜びよ」985冊目

”今どきの若い子たち”は、芥川賞受賞作品は読まないけど、本屋大賞受賞作品は喜んで読む、と何かで読みました。これは多分、読まないほうの典型例なんだろう。起承転結が、山でいうと公園の砂場の山くらいの高低差で、ツカミもオチもないしショックも感動もない。じゃあ芥川賞の選考委員は何を評価してるんだろう。率直な素の気持ちを、誰にも似ていない、初めて作文を書く子どものように書くことだろうか。

私はなんか岸政彦の小説を思い出した。読んでると切ないようなわびしいような気持ちになってくるやつ。半径数メートルくらいの狭い世界で、そこを出ていく可能性に触れることもなく続いていく時間が、どんどん濃くなっていくようでちょっと苦しい。一方で、誰にも知られないまま傷ついてそのうち痛くなくなっていくたくさんの傷のことを、今さら優しくなでられてるような感じもある。なんで彼が受賞しないでこの人が受賞するんだろう。私ていどの読者にはわからない深い判断がきっとあるんだと思う。

この作者はこの小説の前に詩集を出してるみたいだ。そっちも読んでみたいな。