朝倉秋成「六人の嘘つきな大学生」1017冊目

いや本当に、就職面接なんてやっても、人間のなにも見えやしないと思うよ。とくに内面は。外面のよさは、今後営業職をやらせる人ならある程度うまくやれるかどうかが面接でもわかると思うし、焼き魚をきれいに食べられるかどうかは、精密機械を扱うスタッフを採用するうえで重要なポイントです。ピンポイントで1項目をテストすることならできる。でも人物の”よしあし”なんて見られると思ったら大間違い。そもそも会社自身、自分たちが”いい会社かどうか”わかってないだろうし。

という以前に、この本全体を通じて、良い・悪いという判断基準が1本の偏ったものさしのようで、ものごとを判断するに際して「この場面ではAよりBがすぐれている」みたいな統計的、あるいは場面設定を行ったうえでの評価がない。誰かがすべての面においてすぐれているかどうかを、一場面で判断することなんて、人間でも神様でもそもそも不可能、っていうおおもとの認識がないのが怖いくらいだ。日本人は事実より感情に左右されると外国の新聞記者だか誰だかが言ったというのは、軸を決めずに判断しがちな傾向を言い換えたともいえるかもしれない。

はなからそう思って、就職はいままでずっと欠員補充の三次募集とか派遣からの社員登用とかでやってきた私のような人間は、面接官から見ればやる気もないし反応もにぶい「×」の候補者だったんだろうけど。

思うに、とてつもなく優秀な学生を、飛ぶ鳥も落とす勢いのITベンチャーが採用しても、あまりに突出しすぎて凡庸な上司と衝突してあっという間に辞めたかもしれない、というかその可能性がけっこう高いと思う。

語弊をおそれずにいうと、凡庸な社員や悪事をはたらく社員がいない中~大企業はない。就職が厳しくなると、その先にあるものが大きく見えるかもしれないけど、狭い門をくぐったところで、その先では、今自分たちがいるのと同じ人たちが何かやってるだけなのだ。口に出して言ってしまえば誰でも納得するようなこういう事実を、新卒の就職システムが見えなくしてるとしたら、大きな問題だし、私が学生にアドバイスをするとしたら、そんなもの避けて人気がないけどポテンシャルのある中小企業に入って自分で会社を大きくしろ、と言いたい。希望する有名企業に行きたければ、そこで出世してから中途で受けた方がいい。

ちなみに大学も、しばらく働いた後で社会人入試で入るほうがハードルが低いことがあるし、高専卒で入れる大学院もある。

自分自身の学歴職歴バイアスを棄てて、誰かが考えて広めた社会のシステムから降りなければ、そういうことも見えてこないのかも。「いい学校に行っていい企業に努めればお金も稼げて幸せになれる」というのも、「痩せてきれいになればいい男と結婚できてタワーマンションに住める」というようなマーケティングの成果なんだろうな。

この小説では、語り手が人間を諦めずに、誰もがミスを犯すけど性根のあたたかさを信じていることが救いですね。

ちなみに、そういうものに左右されずに自分の嗅覚だけで仕事を選んでやってきても、行きたいところに行ったり住みたいところに住むことはできる、ただ、「そういうもの」の中で暮らしている人とは話が合わなくなるので、友達は少なくなるよ、と経験から言わざるを得ないな。。。