佐々涼子「夜明けを待つ」1021冊目

この人の文章ってすごくきれい。母親が少し上から見下ろしてるようで、やさしくて正しい。なんとなく、佐々涼子ってきっと、すごくきれいな声の人なんじゃないかと思う?

死がちかづいてくるから死を思うのかな。私はいつも死にそうだった母のことを見てたから、子どもの頃はいつも死のことばかり考えてたのかな。母が亡くなってからは、生きることばかり考えてる気がする。といっても、父と母の寿命を考えると(足して二で割る、というあまり根拠のない計算)このままいくとだいたい70前には死ぬから、あと何年生活費があればいいのか、とか計算してる。

日本語教師って、まっとうで賢くて常識もあるけど堅苦しすぎず、いい人が多いなぁと(一般論としては)思ってる。その中に入っていくと自分はちょっと異物感ある気がする。(学生たちと自分、という場ではそれほど違和感は感じないんだけどな、私は・・・。)

私は、自分には現実を変えることはそもそもできないと思うようになって、変えられなかったことに悔恨は持たなくなったと思う。私が22歳のときに母が亡くなる頃までは、がんばれば世界を変えられると思ってがんばってたけど、ぷっつりとやめた。その後30年もたってから、私の父は胃ろうをせずに亡くなったけど、そのときすでに認知症がかなり進んでた。私は父の手をにぎって、ずっと笑って、だいじょうぶだよお父さん、よくがんばったねって、子どもをあやすみたいに見送った。達成感すらあった。人は自分の自然死の時期を選べない。私は自然にさからうほど生意気じゃない。

日本語をじゅうぶんに学ぶ機会のなかった人たちに日本語を教える、ということは、私の余生のライフワークのひとつ。必要だからやる。自分にもできそうだからやってみる。時間が余っていて、それほどお金はたくさん要らないから、やる。やるべきだと信じることをやっていられる幸せをかみしめる。無理に定年まで会社勤めをしなくてよかった。やめたい自分の本音に従って本当によかった。

自分の行く道って、生まれつきたぶんある程度決まっているけど、見つけるのは難しい。これから何年生きるのかわからないけど、今書いてることを全否定するような考え方になることだってありうる。そのとき、そのときに、まじめに自然にいられればそれでもいいや。・・・そんなことを考えたりするのでした。