面白かった。単行本、二段組、400ページ弱というボリュームで、謎解きのない冒険小説です。
エトロフ島に住むロシア混血女性ゆき、日系アメリカ人二世で米軍スパイとなった賢一郎、彼を追う軍人磯田、南京で中国人の恋人を日本兵に殺された牧師スレンセン・・・他にも、登場人物の一人一人のリアルで眼に浮かぶような立体感のある人物造形が素晴らしくて、それぞれに共感しながら先に先にと読み進めてしまいます。すごい筆力。それに、人間愛と言っていいような温かい視線を感じます。
読んでいて思い出すのは、最近読んだ石光真清のノンフィクションでした。彼もまたスパイでしたから。開戦前夜の緊張感、スパイという極端なスリルと日常生活のギャップの大きさ。スパイでありながらすごい筆力のあった彼ですが、そのノンフィクションと比べてもリアル感を失わないこの小説もすごい。
ミステリーとは呼べないかな。大河小説という感じ。実に読み応えのある傑作でした。
しかし小説の寿命は短いのかな、この本も「男たちは北へ」も図書館の奥の「保存書庫」にしまわれて、私のようにピンポイントで検索・予約しない限り出会えません。それでも放出されず、次に読む人のために保管されていると考えれば、受賞作品リストというのは、傑作の命を永らえさせる効果がバカにならないのかも。
ところで主役の賢一郎、どうしても斉藤工が浮かんでしまいました。
それにしても、どうしてこう、最近北方領土がからむ本ばっかり読んでるんだろう。偶然なんだけどなぁ。