坂本龍一「ぼくは、あと何回、満月を見るだろう」1015冊目

坂本龍一のことを私はたぶん、自分とかより”進化した人類”、目指すべきもの、と思っていて、どうやっても近づきようのない高みにいる存在だった。バッハとかモーツァルトみたいな。こんなに早く、ろうそくを吹き消すみたいにいなくなってしまって、ぽかんと途方に暮れたような状態になってました。これから何を見上げて暮らせばいいんだろう?

映画「怪物」を、彼がプロデュースした映画館で見たけど(大枚はたいて)、なんか墓場のような場所で、つめたい不在感が募るばかりでした。

この本もお通夜の続きみたいに、彼自身が作った「Funeral」プレイリストを流しながら読んでみたのですが、だんだん、冷え切った体に少しずつ赤みが戻ってきて、血が通って温かくなってきたような、坂本龍一の生々しい人間関係、熱い思いで取り組んだ活動、酒や女性、愛憎や放蕩が生き返っていきました。

訃報を聞いた瞬間に私のなかの坂本龍一は消滅してしまったけど、この本を読んでやっと、本人と話せたような気がする。死者として私を再訪している彼が、昔の作家みたいに、彼がかつて思ったことを語りかけてくれていた。優しい幽霊が来てくれたようなぬくもりを勝手に感じています。よかった。

人は死なないのかもしれない。(語弊あるけど)彼はもう人体を通じて満月を見ることはないけど、彼が残した大量の作品や記録も、彼が他の人たちの中に残したものも、地球中の質量の大きな割合を占めるほどなのだ。たぶん。