岸政彦「図書室」723冊目

この人の小説は好きすぎる。

「図書室」の「私」は私だ。大した思い出はないけど、好きじゃない人と結婚したりしないで、50歳になっても自活できてる。新しく何も起こらないから、昔のことをよく思い出す。思い出すことは、どれもまぶしいように思われて、なんだか笑ってしまう。

家族を持たなかった分、何かもっと困ってる人を助けられたんじゃないか、もう少し何かできたんじゃないか、と、考えてもしょうがないことを考えて歯ぎしりばかりしてるけど、こういうのを読むと(あるいは他の人の話を聞くと)今ここにいて、いやなことをせず、時々美味しいものを食べたり、面白い本を読んだりしていることに足りていればいいんじゃないか、と思う。

自伝的エッセイと思われる「給水塔」のほうに、万博公園にあった児童図書館の話が出ている。著者が大人になってから訪れたその図書館に、かつて寂しい女の子と男の子が通っていて、一世一代の大冒険をしたかもしれない…と想像して「図書館」を書いたのかな。

相変わらずいろんなことがうまくやれず、何事も長続きせず、怒ったり嫌気がさしたりしながら暮らしてるけど、天気のいい日に電車に乗って遠出したりできればそれでいい。私にも、思い出すだけでポカポカと心が温かくなるような瞬間が、かつてあったのです。

図書室

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