「シンプルな情熱」に続いて、先日ノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーを読んでみます。手元にあるのは表題が「嫉妬」だけの2004年版だけど、「事件」も併録されているのでタイトルは後に出版された文庫版に合わせて「嫉妬/事件」とします。
エルノー女史っいぇ、ほんとに観察家で研究家なんだよな。自分の頭の中をこれほど客観視できる人って見たことない。私も好きな人の彼女に嫉妬して、相手を知りたいと思ったことが100年くらい前にはあった気がするけど、「そんな自分が嫌だ」という感情に圧倒されて、力いっぱいそこから逃げて忘れようとすることだけに注力したもんだ。彼女のように、その感情がある限り感じ続けようという「毒を食らわば皿まで」根性は到底私にはなかったな。多分みんなそうだろうけど。
「事件」の方はもっと緊張を要する。著者が20代の大学生の頃に経験した、当時違法だった堕胎について書かれたものだから。ここでも彼女の徹底した客観的な目に圧倒される。感情は感情として、やるべきことをやり遂げるという、なんだかサッチャー首相が行った改革について書かれた文章を読んでいるような気がする。当時の彼女が残したメモが「不幸に泣き叫ぶ女子学生」のような状態と対極に冷静で、それを読み直し書き直す今(執筆当時)の彼女は輪をかけて冷静。そのおかげで一部始終が今自分に起きていることみたいにわかる。記録文学って呼んでしまいたくなる。
この人が20年後にノーベル文学賞を取るというのは正しいことだと感じる。何か徹底して一貫した姿勢で、成熟した大人の視点を持って冷徹に書き続ける人しかノーベル文学賞は取れないと私は思ってる。どこかアール・ブリュットみたいな異形の世界を見せてくれる村上春樹は、それとは違う世界の偉人なのだ。