ガブリエル・ガルシア=マルケス「愛その他の悪霊について」311冊目

これも、うるさいというか、忙しく人が行き交い大騒ぎする小説でしたが、やはりテーマはどこまでも深い。
純真無垢な少女の気まぐれな意地悪や霊感の強さ。それが「悪霊の仕業」なのか否か?
悪霊を祓うよう命じられてやってきた30代の司書が、彼女の奔放な美しさに魅せられてしまったのは、「愛」という「悪霊」のせいなのか?
よくわからない悪霊とやらに取り憑かれたと決めつけて少女を捨てた、父とその愛人のやっていることは何なんだ?
ガルシア=マルケスは善悪を決めつけることはしない。むしろ、善のためであれ、悪のためであれ、愛のためであれ、神のためであれ、頭の中のなにかの狂騒に追い立てられて人を追い詰めようとする人間の性を憂慮する。

若い頃よく思ったんだ。あの人が好き、会いたい、というのは「愛」なのか、それとも「欲」なのか?って。
人を抱きしめる気持ちが愛だとすると、ストーカーになる気持ちも愛の一種だろうし。
そう考えると「何事も中庸がよろしい」という結論に達してしまいそうだけど、そう単純でもなかろう。
人は何かを単純に信じたり頼ったりすることで、心の平穏を得たい生き物だと思うけど、人の利害はいろいろなものが拮抗しているし、思い通りにならない外部要因も多いから、妄信するに足る世の中の法則など存在しない。宗教にどっぷり浸れる人たちは幸せなんじゃないか。
…そういう、生き物であることの深い苦悩をじっと見つめて、目をそらさない勇気がこの作家にはあるのだと思います。

映画にしてしまったら、すごく薄っぺらくなってしまいそうだ、という気がするけどなぜだろう。
描こうとしていることが、出来事ではなく、登場人物の心の中の動きだからかな。
(心の中の言葉なんてほとんど書いてないのに、なんでそう思うんだろう?)

さらさらと面白く読めるのに、心の中に楔のように深く食い込んでずっと残る、なにか大きなものにまた触れた気がします。